ヒト
長谷部 光泰
長谷部 光泰
HASEBE, Mitsuyasu
基礎生物学研究所 生物進化研究部門 教授
総合研究大学院大学 生命科学研究科 基礎生物学専攻 教授

1963年千葉県生まれ。
1987年東京大学理学系研究科植物学専攻入学、1991年東京大学理学部附属植物園助手、1992年に博士(理学)取得。米国・Purdue大学への留学などを経て、1996年に基礎生物学研究所に助教授として着任、2000年より教授。
遺伝子という古文書を読み解き進化の謎を解く

生物進化の分子機構

現在、生息している全ての生物は、およそ40億年前に誕生した1つの生命から進化してきたと言われている。多種多様な姿形や環境適応能力は、果たしてどのような過程を経てどのように変化したのか。遺伝子の変化が、進化の大きな原動力になっていることから、長谷部は遺伝子を解明することで、生物進化の仕組みを解き明かそうとしている。

食虫植物に取り憑かれて‥

研究者になりたいと思ったのは、小学校5年生のときだった。食虫植物に熱中していた同級生の影響で「植物が虫を食べるというなんとも言えない面白さ」に取り憑かれたのである。自らもベランダで育て始め、分泌される消化酵素などを調べているうちに研究の面白さを知り、「これが職業になるなら」と研究者に憧れた。

大学に入学すると早速、サークル「生物学研究会」に入会した。シダ植物を採集していたメンバーと仲良くなったことがきかっけで、一緒に全国を回って採集に明け暮れた。集めたシダについて文献で調べていると、図鑑によって科の分類がまちまちであるため、シダの進化や系統が正しく調べられる方法はないか、と考えた。

遺伝子で系統を調べたい

そして、大学院では図書館で手にした「DNAからみた人類の起源と進化」(長谷川政美著・海鳴社)をきっかけに、「植物の遺伝子を使って植物の系統分類を調べたい」と岩槻邦男先生の研究室へ進む。その当時は、遺伝子で系統や分類を調べる分子進化学が盛んになり始めたころだったのだ。ところが、ヒトのDNAで系統を調べる研究が始まっていたものの、植物からDNAを集めるのが困難な時代だった。しかし、独自に、時に、国内外の研究仲間と激論や飲みながらの意見交換をしたりして、とうとうDNA解析に成功し、大学院生時代に陸上植物の系統関係のかなりの部分を明らかにすることができた。

「長い時間のかかる進化や系統を証明するのは難しいんですよ。以前の生物学では『形が似ているから近い種である』というように生物の外見の観察を中心に行われてきました。でも、遺伝子の構造や変化が明らかになれば、『どのように進化したのか』を推定することができるはずです。DNAを使って植物の進化を調べるということは、その当時はびっくりされましたが、他の人と違うことをしてみたかったんです」と長谷部は笑う。

ヒメツリガネゴケとの出会い

hasebe_1.jpg その後、留学先のPurdue大学では、系統の分岐点でどんな遺伝子の変化が起こったかを知るため、花の咲かないシダ植物に潜む「花を作る遺伝子」を見つけることに成功。しかし、花だけでなく茎葉ができる過程など、もっと詳しい遺伝子のネットワークや進化の仕組みを知るには、遺伝子組み換えが可能な植物で実験を行う必要があった。

帰国後、これからの研究をどうしていこうか、と考えているときタイミング良く「ヒメツリガネゴケ」の存在を知る。ヒメツリガネゴケは、ヨーロッパに分布している数mmほどの大きさのコケ植物。このコケは、本来持つ遺伝子を別の遺伝子に組み換える作業が容易に行えるため、遺伝子の働きを研究するにはうってつけの材料だった。

しかし、日本に紹介されて間もなく先行研究も少なかった。長谷部は基礎生物学研究所に着任すると同時に、大学院生たち4人とラボを立ち上げ、手探りで実験を進めた。すぐに結果は出なかったが、数年後には世界最高の実験水準をもつヒメツリガネゴケ研究室に成長した。また、2008年には、世界の研究者と共同でヒメツリガネゴケのゲノム配列を決定するというビックプロジェクトも成功させた。

研究室のいまとこれから

hasebe_2.jpg 長谷部の研究室にはヒメツリガネゴケだけでなく、食虫植物や世界から集めた松ぼっくり、蛾などの実験材料であふれている。また、進化をテーマに研究しているからか、研究室のメンバーも多種多様だ。オジギソウの動きやその進化を研究する人、ハナカマキリの擬態を研究する人、ヒメツリガネゴケの葉の一部から体全体が再生する不思議な能力を研究する人も集まる。

「不思議な問題に突きあたってねえ。『ダーウィン』も解けなかった大問題。生きものの持つ形って、完成したものは有利だけど、未完成な状態だと不利でしょう。食中植物は、葉が壺に変形しても、消化と吸収ができなかったら、普通の葉でいた方がずっと有利じゃない。これらは全部そろって始めて役に立つ。花も部分だけあっても役に立たない。じゃあ、もともとあった形から、どうやって途中の役に立たない段階を乗り越えて新しい形が進化できたのか。きっと、形を作る遺伝子を調べていけばこの問題を解く『ヒント』が見えてくるんじゃないかと思うんだよね。」

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植物や昆虫採集にハマったきっかけは、小学生のとき、知り合いの大学生と一緒に植物採集に行ったり、大学浪人中に高校の先生の標本整理を手伝ったりしたことだった。大学入学後は、日本中のシダの採集に没頭。夜行バスや夜行列車を使い、屋久島や尾鷲などに出かけては採集し、大学の図書館に通い詰めシダのことを調べ尽くした。大学の2年間で作った1万枚以上のシダの標本は、今でも研究室に大切に保管されている。研究以外でも、休日は裏山で育てている1000種以上の植物の世話に明け暮れ、家族にちょっとあきれられているそう。

研究室はこんなところ~研究室メンバーより

長谷部研究室には、昆虫から植物までを研究対象にしたバラエティに富んだ人が集まっていて、先生の教育方針は基本的に放任主義です。また、早寝早起きが先生のライフスタイル。朝3時に研究室に出勤するというスタイルなので、自分たちが夜遅くまで研究していると「おはようございます、あれ?今は『こんばんは』だっけ?」と不思議なあいさつを交わしています。
研究室ホームページ: https://www.nibb.ac.jp/evodevo/

編集後記
長谷部先生は、眼光鋭い科学者という噂ですが、穏やかでよく笑い、おしゃべり好きな先生です。インタビュー中も、大学受験で解く問題を間違えて失敗した話や、人生観を変えたインドネシアでの野外調査(大学院生時代)など、面白いエピソードが飛び出し、あっという間に時間が過ぎてしまいました。また、研究室や温室には、オジギソウや昆虫、珍しい裸子植物の実など様々な動植物が並んでいて、普段考えることのない進化という悠久の時間に思いをはせることができました。(取材: 鈴木和歌奈)
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コンテンツ

  1. 研究者インタビュー(10)
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