研究概要

ほ乳類の発生

ほ乳類胚の発生初期は、母親の卵管、子宮の中で進むため、発生途上の胚の解析は他の動物に 比べて難しい。線虫やホヤといった動物の発生は同じ種の動物であれば、個体間で細胞分裂や配置、 分化の制御などといった発生の様式がよく保存されている。一方で、ほ乳類の初期発生は個体間で バラエティに富んだ分裂パターンや細胞の配置が行われる。しかしながら、このように一見個々の 細胞が自由に振舞っているように見えるほ乳類の胚でも、胚は個体間によらずほぼ同じ形に作られる。  特に我々は初期の胚の軸がどのように決められて将来の体軸に反映されるのかを中心課題としている。 マウスを研究対象とし、胚の中における個々の細胞の挙動の解析を通して、この問題を明らかにできる のではないかと考えて、いくつかのアプローチによって研究を進めている。

細胞系譜解析によるアプローチ

図1は、Cre-loxPシステムを応用した細胞系譜解析の結果の一例である。 この例では、DNA組換え酵素Creによるゲノム上でのDNA組換えにより、4細胞期の 一つの割球を標識し、その割球由来の細胞を8日目胚において青く染めだした物である。 この結果、少なくとも4細胞期までには将来の胚軸に関わる偏りの違いが割球間でない ことが示唆されている。

図1 4細胞期の一つの割球を標識し、再び子宮内で発生 させ8日目に回収した胚標識した割球に由来する青く染まる細胞が胚、胚体外を問わずほぼ ランダムにみられる。

着床前までの段階をさらに詳しく解析する為に全ての細胞の核をEGFPで標識して、 連続観察したのが図2である。このタイムラプス画像を用いて解析すると、 時間軸を自由に往来しながら解析することができ、将来の分化運命を知った上で特定の 細胞がどこに由来したかを明らかにすることが可能である。

図2 全ての細胞の核をヒストンH2B融合EGFPで標識したマウス胚を顕微鏡下で培養、 連続観察した例核には番号を付け追跡を行った。

形態形成における機械的(メカニカル)な力の役割

発生において胚や組織の形態が変化していく際、機械的(メカニカル)な力が重要な役割を果たしていると考えられている。 機械的な力の役割を明らかにするために、数理シミュレーションやレーザー焼灼法等による力の計測実験を用いている。
さらに、形態形成時の力の時空間分布パターンを、顕微鏡のライブイメージングデータに基づいた統計的推定法(ベイズ推定/データ同化)を 開発することで解析している。数理シミュレーションとレーザー焼灼法を用いた研究から、 マウスの卵管の管腔側上皮に形成されるヒダの形態的なパターンが、機械的な力の作用によって説明できることを明らかにした(図3)。
さらに、同じ数理的背景を用いて、腸管等におけるヒダの形態パターンも説明できることが分かった。 また、統計的推定法を用いた研究では、推定された力の時空間的分布のパターン(力学マップ)から、 胚発生時の形態変化を決定する機械的要因の抽出を行っている。
機械的な力に注目することで、生物で見られる形態の多様性を作り出す原理を明らかにできると期待している。

図3 野生型とCelsr1ノックアウトマウスにおけるヒダの形態パターンと、数理シミュレーションによる説明

メカノセンサー分子から紐解く組織の形作り

機械的な力と形態形成の関係については、機械的な力を検出するために細胞に備わった装置(メカノセンサータンパク質)の側面からも研究を進めている。
胚の中に生じる機械的な力には様々な種類や大きさがあり、細胞はこれらを区別して応答すると考えられるが、 メカノセンサー分子の同定を含め理解はまだまだ部分的である。
ほ乳類の細胞では近年、細胞膜の伸展により開口する機械感受性チャネルPiezoが見つかった。 このメカノセンサータンパク質が組織の形態形成、特に脈管系の形作りにどのように関わるのかを、検出される機械刺激の種類や制御される細胞の振る舞いを中心に 調べている。これにより細胞が場の機械的な力の情報を、組織の形作りにどのように利用しているのかを明らかにしたい。

今後の研究展開

我々の研究室では、ほ乳類初期胚の体軸形成を明らかにすることを大目標に据え、 マウス遺伝子操作、発生工学的技術、分子生物学的手法、更に顕微鏡技術などを応用し、 発生生物学の基礎的な問題を解決したいと考えている。  ほ乳類の初期発生においては、個々の細胞の性質や、胚の軸や形といった情報が 卵の中に偏って存在しているのではないらしい。細胞の分裂、配置といった発生のプログラムを 進めながら細胞の性質に差が現れたり、大まかな細胞の配置を決めながら、 胚全体の形を整えているようである。このようにゆるやかに情報の具現化を進める ほ乳類初期胚を考えることで、生き物の持つ能力の理解に近づきたい。  今後は取得した画像データを定量的に処理し、現象の数理的記載、モデル化を 視野に入れて研究を進めていく。

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  • 4/1 総研大生の堤久晃さんと城間達実さんがラボに加入しました!
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 自然科学研究機構・基礎生物学研究所
 初期発生研究部門
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