川出 健介 先生 の研究概要

発生・成長を司る代謝系「発生・成長メタボローム」

 中心炭素代謝やアミノ酸代謝からなる一次代謝には、エネルギーを生み出すとともに、細胞の部品をつくる役割があります。これらは生命を保つために必須であるため、一次代謝のネットワークは乱れないように強固に組み立てられています。ところが近年、特定の発生・成長といった局面で一次代謝ネットワークが変化し、別の役割を果たすことも分かってきました。これは、酵母や大腸菌を調べて明らかにされてきた代謝の知識をもとにしつつ、器官の発生・成長にともなう新しい代謝の理解も必要なことを示唆しています。私たちは、このような代謝系を「発生・成長メタボローム」と捉え、その同定や、機能および調節メカニズムの解明を目指しています。

 このように、発生・成長メタボロームを担う一次代謝ネットワークには、相反する頑健性と柔軟性がみられます。これは、酵母や大腸菌がもつ基本的な代謝ネットワークが、器官の発生・成長に合わせて進化の過程で改変されてきたことを反映していると考えられます。その変化を調べるには、代謝ネットワークの構造そのものだけでなく、その中で起こる動態(代謝の流れ、流束、フラックス)を計測する必要があります。代謝フラックス解析はそのための技術ですが、個体レベルでの実践例は非常に乏しいのが現状です。私たちは独自に代謝フラックス解析の系を立ち上げ、その壁を乗り越えようとしています。このような定量的な研究を進めることで、発生・成長メタボロームを調える代謝ネットワークの構築原理や、その機能発現を担う作動原理にまで迫りたいと考えています。

 発生・成長メタボロームには代謝変化が局所にとどまる場合と、それがひいては広範囲におよぶ場合があります。私たちは根粒共生が後者の好例として着目し、発生・成長メタボロームを研究する題材のひとつにしています。
 マメ科植物は根粒において、光合成で得た炭素栄養を提供する見返りに、根粒菌から窒素栄養を受け取っています。この栄養相互作用によって全身の代謝生理状態が良くなり、植物体の発生・成長が進みます。しかし、そもそも炭素栄養は、植物体自身の発生・成長にも使われます。したがって、マメ科植物は生育環境に合わせて戦略的に炭素栄養を分配しなくてはなりません。「根粒着生のオートレギュレーション」は着生する根粒の数をコントロールすることから、この戦略的な分配に関係すると考えられます。しかし、その代謝生理的な点については意外にも分かってない部分が多く残されています。

 そこで私たちは、細胞内の代謝産物がどれだけ蓄積しているのかをメタボローム分析で幅広く調べてきました。そうしたところ、根粒の着生に応じて、一次代謝がこれまで知られていない変化を示すことに気づきました。これを手がかりとし、根粒共生が代謝生理を介してマメ科植物の発生・成長というアウトプットを促す仕組みを解き進めています。