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台湾調査(2004年6月)2004/06/01

科研費基盤研究(B)による島の調査の一環で2004年6月、1週間ほど台湾へ調査に行ってきました。
 
 台湾は博士課程の院生の頃行ったのが最初で、今回が二度目。十数年も間が空いているため、変わっただろうなと思っていましたが、実際は想像以上の変貌でした。前回、台北はビルの建設ラッシュ。高度成長期に入ったのだろうと思わせて、かなり埃っぽこかった印象があります。しかるに今や台北周辺は、まるで日本そっくりです。特に、国際空港からつながる高速道路沿いは、道路そのものも、大きな近代的な橋も、それに高層住宅の建ち並ぶ周囲の風景も、まるで東名高速沿いのようでした。しかし街に降りてみれば、アジアらしいごみごみっとした風景(写真1)が残り、ほっとします。ちょうど季節はライチーの時期。日本では食べられない、冷蔵処理のされていない、はち切れんばかりのみずみずしいライチーを堪能してきました。最近、台湾マンゴーもスーパーで売っていますね。あれも現地で買い込んで食べておりました。

page7_1.jpg 写真1 台湾の町並み

 さて今回は、中央科学院Academica Sinicaの全面協力の下、北部の低地と中央部の高山帯とで植物を調べてきました。事前に中央科学院の側で下調べをして下さったおかげで、ピンポイント的かつ最短コースで目的の植物の産地を巡ることができたのは、大変助かりました。おかげで、1週間という短期間のわりに、非常に効率よく植物採集ができた次第です。

 台湾の低地は緯度からも想像できるように、沖縄と雰囲気がほとんど変わりません。ヘゴの類も高速道路沿いに多数茂っており、沖縄のムーチーでおなじみのゲットウ(月桃:写真2)も車窓から認められます。同行の東北大・横山博士は「ううむ沖縄だ」と唸っておりました。しかし台湾は、九州と同じくらいの面積がありますから、沖縄のような小さな島々と違い、まとまった規模の植生が見られますし、沖縄にはない独特の種類が色々生えています。同行の大阪市大植物園園長・岡田教授と共同研究しているヤブガラシの類でも、日本では見られないタイプが2通り採集できました。思いがけず珍品の腐生蘭・タシロランの開花に出会えたのも収穫です。

page7_2.jpg 写真2:ゲットウ

 こうした低地亜熱帯と対照的だったのが、高山帯でした。合歓山という山に登ったところ、これが日本アルプスよりはるかに立派な山でした。一見、屋久島の宮之浦岳のようなところもある一方で、気象条件や規模、植物の構成はヒマラヤを思わせます。高山帯の花々も堂々とした感じ。シロイヌナズナの近縁種・ミヤマハタザオ(Arabidopsis lyrata subsp. kamtchatica)ですら、日本の亜高山帯で見るのとは大分雰囲気が違い、華やかで大株です。ヒマラヤに広く分布し、日本にないバラ科のPotentilla leuconotaも採集できましたし、アリサンリンドウ(写真3)も花盛り。今まで写真でしか見たことの無かった黄色いリンドウGentiana scabrida var. punctataもちょうど咲いていました。しかし何より収穫だったのは、十数年前に採集してからずっと、もう一度サンプルが欲しいと思い続けていた腐生植物Monotropastrum humile var. glaberrimaです。半分諦めかけたところで見つかり、採集できたのは、大きな喜びでした。そしてもう1つ、台湾産ウメバチソウに関し、新たに2つのタイプがあることを確認できたのも収穫でした。そのうち小型のタイプは、斜面を覆い尽くすほどの大群落となること、花期が早いことなどから、あるいは未記載種ではないかと、現在、横山博士と共に解析中です。

page7_3.jpg 写真3:アリサンリンドウ

 ところで実はこの高山帯調査中、台湾には台風が接近し、天候が例によって崩れておりました。それでも下山途中で幸いにして天気が持ち直し、合歓山の麓の暖帯-温帯域でも、同行の京大・永益助教授が専門とするSymplocos属や、日本のヤツデと比較して葉形に多様性が高いタイワンヤツデなどが採集できました。帰国の日にちょうど台北をかすめる可能性のあったこの台風、気を揉ませましたが、最終的には少し東にそれてくれたおかげで、無事帰国できた次第です。機会があれば、是非次には南部の方へ調査に行ってみたいところです。

 最後に、台湾の生活文化について少し述べておきたいと思います。冒頭で、今や台北周辺は町並みや道路が日本のようだと申しました。それは暮らしの水準でも同様で、東〜東南アジアの諸国の中でも、台湾はもっとも日本的な地域と言えるのではないでしょうか。中央科学院の宿舎も立派なもので、ちゃんとフロントもあるホテル形式。食堂も3つ以上付いていました。隣は最新形式の大きな体育館があるなど、キャンパス全体に、日本の一流大学と遜色ありません。また宿舎の地下にある本屋に行けば、構内に日本文学の研究室もあるらしく、最新の日本の小説が尽く翻訳されているという始末です。その本屋で驚いたのはカエルの図鑑でした。少し前に日本の山と渓谷社が自信を持って出したカエル図鑑がありますが、それと甲乙つけがたい出来の台湾産カエル図鑑が出ていたのです。しかも出版年を見ると、山と渓谷社の出版より先でした。上述の合歓山の高山植物に関しても、日本の、例えば尾瀬で売っているような地域の高山植物図鑑より、印刷・内容共にむしろ立派なくらいのカラー図鑑が、国立公園の管理事務所で売られておりました。こんなわけで、文化水準はもう日本と変わりないと言って良いと思います。卑近なところでは、コンビニも、以前はセブン・イレブンしかありませんでしたが、今はサークルKがOK便利商店、ファミリーマートが全家便利商店、という感じで全種類揃って進出しています。
 
 反面、ギャップを感じたのは、檳榔樹(びんろうじゅ)屋です。ご存じの方も多いでしょう、東南アジアでは檳榔樹の実を石灰と共にキンマの葉にくるみ、噛んで陶酔感を愉しむ習慣があります。嗜好品として、タバコよりもちょっと刺激の強いものにあたるのでしょうか。十数年前にも、街角におじさんおばさんが檳榔樹屋を開いていて、ちょうど角のたばこ屋の感じだったのを覚えています。しかしこれには咽頭に対する発癌性があること、噛むたびに、真っ赤になった唾液を吐き捨てる人が多く、街の美観を損ねることなどから、今では少数派化しているのが一般的傾向です。ですから、例えばインドネシアやマレーシアでは、最近、あまり見なくきてなっています。ところが最近台湾では、Academica Sinica専属運転手の言葉を借りると「肉体労働者やドライバーの間で」かえって人気が高まっているそうで、それを目当てに檳榔樹屋も広告がエスカレート。地味な煙草屋風だったはずが、ガラス張りの店にけばけばしいネオンサインと看板、そしてガラス越しには水着女性という、風俗産業としか思えない過激なスタイルに変貌していました。店の立地も、市街地の街角ではなく、幹線道路沿い。しかし、ちょっと立ち寄って檳榔を買うだけの運転手相手なら、何もあんなに激しいディスプレイをしなくても良さそうなものですが・・・。
 台湾も、韓国についてよく言われるように、近くて遠い国なのかも知れません。

(2004年7月1日)

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コンテンツ

  1. 岡崎の植物(53)
  2. 植物学者 塚谷裕一の調査旅行記(9)
著者紹介
塚谷 裕一
東京大学大学院理学系研究科 教授
元 基礎生物学研究所 客員教授
塚谷 裕一

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