2010年 7月26日

不妊を回避するメカニズムを発見

自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所の北舘祐 助教および小林悟 教授は、ショウジョウバエを用いた研究により、雄が不妊を回避するメカニズムを明らかにしました。

生涯を通じて精子をつくり続けるためには精子幹細胞と呼ばれる細胞が必要です。この細胞は、細胞分裂を繰り返すことにより精子を枯渇させることなくつくり続けることができます。精子幹細胞が失われると不妊が引き起こされてしまいます。精子幹細胞が失われる原因として、精子幹細胞を生み出す前駆細胞(始原生殖細胞と呼ばれる)の数が著しく減少することが考えられます。北舘と小林は、始原生殖細胞の数が減少すると、少数の始原生殖細胞から効率よく精子幹細胞を作り出し不妊を回避する調節機構があることをショウジョウバエを用いて明らかにしました。これは、生物の最も重要な性質である「生殖機能」を確保するための巧妙な仕組みといえます。この成果は米国科学アカデミー紀要電子版で今週中(7月26日の週)に発表されます。

[研究の成果]

ショウジョウバエでは、精巣の先端にはニッチ細胞と呼ばれる特殊な細胞があり、ニッチ細胞に隣接する始原生殖細胞のみが、精子幹細胞になることができます(図1上)。つまり、ニッチ細胞は、精子幹細胞を生み出すために必要な細胞です。北舘・小林は、ニッチ細胞を「増やそうとする遺伝子」(Notch遺伝子)と「減らそうとする遺伝子」(EGFR遺伝子(注1)を発見しました(図2、参考図)。通常の状態では、発生過程の精巣の中では、ニッチ細胞を「減らそうとする遺伝子」の機能と「増やそうとする遺伝子」の機能が拮抗しており、一定の数のニッチ細胞と精子幹細胞がつくられます。しかし、アクシデントなどにより精子幹細胞の前駆細胞である始原生殖細胞の数が著しく減少した場合には、これが引き金になり「減らそうとする遺伝子」の機能が抑制されることを発見しました。この結果、「増やそうとする遺伝子」の働きにより、ニッチ細胞の数が増え、少数の始原生殖細胞から精子幹細胞が効率よく作られるようになることが分かりました。(図1中段)。始原生殖細胞の数が著しく減少している状態で、この「減らそうとする遺伝子」の抑制がかからないようにした場合には、精子幹細胞が失われ不妊となることが示されました(図1下段)。

本研究成果は、始原生殖細胞の数に異常が生じても、不妊になることを避け生殖を可能にするという巧妙な調節機構があることをはじめて示したものです。本研究で得られた知見は、ショウジョウバエ以外の動物における不妊の回避機構の解明や、精巣以外の器官におけるニッチ細胞や幹細胞の調節機構を明らかにする基盤となることが期待され、生殖・再生医療にもつながる可能性があります。


図1

図1:始原生殖細胞数とニッチ細胞数の関係
上段:ニッチ細胞(緑)は、近傍の始原生殖細胞(黄)を精子幹細胞(オレンジ)に分化させます。通常は、ニッチ細胞を「減らそうとする遺伝子」の機能が活性化されており、過剰なニッチ細胞の形成が抑えられています。中段:始原生殖細胞数が減少すると、「減らそうとする遺伝子」の機能が抑えられ、ニッチ細胞が増加し少数の始原生殖細胞から精子幹細胞をつくり出します。下段:しかし、「減らそうとする遺伝子」の機能が抑制されないようにすると、始原生殖細胞の数が著しく減少した場合でもニッチ細胞数の増加はおこらず、その結果、精子幹細胞が失われ不妊が引き起こされます。


図2

図2:NotchおよびEGFRの機能を欠く場合のニッチ形成
左図:発生中の精巣は、始原生殖細胞(青)と体細胞(赤)で構成されています。正常な胚の精巣では(左図)、精巣前端の体細胞からニッチ細胞(緑)がつくられます。図は全て左が前方を示し、点線は精巣の輪郭を表します。中央:ニッチ細胞を「増やそうとする遺伝子」であるNotchの機能を突然変異により失わせると、ニッチ細胞が消失します。右図:逆に、ニッチ細胞を「減らそうとする遺伝子」の働きを突然変異で抑えると、緑でマークされたニッチ細胞の数が増加します。


図3

参考図:
発生中の精巣におけるNotchおよびEGFR遺伝子の機能
左図:ニッチ細胞を「増やそうとする遺伝子」Notchが精巣全体の体細胞で活性化しニッチ細胞の形成を促進していますが、後半の体細胞でニッチ細胞を「減らそうとする遺伝子」EGFRが活性化しニッチ細胞の形成を抑制するため、前端の体細胞のみがニッチ細胞となります。右図:EGFR遺伝子機能の活性化は、始原生殖細胞からのシグナルにより活性化されます。始原生殖細胞数が減少すると、このシグナルが弱まり、EGFR遺伝子の機能が減衰することでニッチ細胞の数が増えます。

用語説明
注1)EGFR遺伝子:上皮細胞増殖因子(EGF)の受容体タンパク質を作る遺伝子

[発表雑誌]

米国科学アカデミー紀要 Proceeding of the National Academy of Sciences, USA.
2010年7月26日週の電子版(Early Edition)に掲載。

論文タイトル:
"Notch and Egfr signaling act antagonistically to regulate germline stem cell niche formation in Drosophila male embryonic gonads"

著者:Yu Kitadate and Satoru Kobayashi

[研究グループ]

岡崎統合バイオサイエンスセンター・基礎生物学研究所 発生遺伝学研究部門 北舘祐研究員(現・生殖細胞研究部門 助教)および小林悟教授により行なわれました。

[研究サポート]

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「配偶子幹細胞制御機構」および「膜蛋白質研究国際研究フロンティア」事業のサポートを受け行なわれました。

[本件に関するお問い合わせ先]

自然科学研究機構 岡崎統合バイオサイエンスセンター
基礎生物学研究所 発生遺伝学研究部門
教授:小林 悟 (コバヤシ サトル)
Tel: 0564-59-5875(研究室)
Fax: 0564-59-5879
E-mail: skob@nibb.ac.jp

[報道担当]

基礎生物学研究所 広報国際連携室
倉田 智子
Tel: 0564-55-7628
E-mail: press@nibb.ac.jp