2010年 3月23日

神経管形成に必要な細胞内のアクチン集積を引き起こす仕組みを発見

神経管形成は、脳や脊髄などの中枢神経系を作り出す重要な過程です。基礎生物学研究所の森田仁大学院生および上野直人教授は、シンシナティ小児病院医学センターのワイリー教授らとの共同研究で、細胞同士の接着を司るふたつの細胞接着分子の巧妙な働きによって、中枢神経系をつくる神経管が閉じるしくみの一端を明らかにしました。上野教授は「いままで、神経管閉鎖のメカニズムはアクチンなど細胞の中の細胞骨格の制御機構に注目が集まっていたが、今回の研究で細胞外での新たな調節機構が浮き彫りになった」と語っています。この成果は3月24日に発行予定の英科学専門誌Development(電子版)にて発表されます。

[研究の背景]

われわれヒトを含めた脊椎動物は、頭から体の背中側にかけて脳と脊髄から成る中枢神経系を持っている。中枢神経系は体を動かしたり体内の他の臓器の働きをコントロールする重要な器官で、受精卵から体が形作られる時に最も早く作られる器官の一つでもある。中枢神経系の形成は、体の背中側にできる「神経板」と呼ばれる板状の組織が体の内側にくぼんで溝(神経溝)を作り、「神経管」と呼ばれる管状の構造に変形するところから始まる(図1)。この神経管の形成運動はヒトからトリ、カエルに至る脊椎動物でほぼ同じように起こる。このように神経管形成は、多くの脊椎動物に共通する、中枢神経系を作るための重要なステップだ。

神経管形成時の神経板では、細胞の表層近くが大きく収縮してくさび形に変形する。この変形が個々の神経板細胞で起こることによって、神経板全体が体の内側にくぼんで神経溝を作る運動に変わるのだ(図2上段)。この細胞の形の変形では、アクチンという繊維構造をとるタンパク質が表層側に集積して、それがまるで巾着の紐を絞るように収縮することで神経板細胞がくさび形になると考えられている(図2下段)。これまで、神経板でのアクチンの収縮を引き起こす遺伝子はいくつか見つかっているが、アクチンが表層側に集積する仕組みはほとんど知られていなかった。

[研究の成果]

本研究では、細胞膜上にある2種類のタンパク質が相互作用することと、それによって神経板の細胞のアクチンが表層側に集積させられる仕組みを初めて明らかにした。本研究は神経管形成を観察しやすいアフリカツメガエルの卵を用いて行った。

今回、研究グループはアフリカツメガエル卵の神経板に多く存在する遺伝子ネクチンに着目した。ネクチンはこれまでの研究によって、細胞同士をくっつける細胞接着分子だということがわかっていたが、生物の発生における役割はあまり調べられていなかった。研究グループはまずネクチンの機能を阻害することによって、神経板表層の収縮が起こらず、神経管形成が遅れるという異常を見出した。さらにその卵を詳しく調べたところ、神経板細胞でのアクチンの集積が著しく減少することを発見した。

次に、本来は細胞変形が起きない神経板以外の場所にネクチンを過剰に増やすと、増やした場所で本来起こらないはずのアクチンの集積と細胞変形が引き起こされることを見つけた。

さらに研究グループは、ネクチンが細胞変形を引き起こす際に、別の細胞接着分子のN-カドヘリンが必要であることを明らかにした。神経板の細胞ではネクチンとN-カドヘリンが共に表層側に多く存在し、お互いの細胞の外に突き出た部位で結合する(図3-1)。しかし、人為的にネクチンの量を減少させると表層側に存在していたN-カドヘリンの量が減少する。このことから、神経板において両者は協同して働き、N-カドヘリンがアクチンと結合する性質を介してアクチンの集積を起こすという神経管形成の仕組みの一端が明らかになった(図3-2、図3-3)。

[今後の展開]

本研究によって、脊椎動物の中枢神経系が作られる初期に2種類の細胞接着分子ネクチンとN-カドヘリンが協同してアクチンを神経板細胞の表層側に集積させる仕組みがあることが明らかになった。本研究の発見は、今後、神経管閉鎖不全が生じる原因の理解に寄与することが期待される。

図1

図1:アフリカツメガエル胚の神経管形成の模式図


図2

図2:神経管形成時の細胞の変形
神経管をつくる細胞(濃い青色で示した)では表層(頂端側)に集まった細胞骨格アクチンが、巾着(きんちゃく)の紐を絞るように収縮する。これが細胞を変形させる力になっている。複数の細胞が変形することによって、組織は胚の中へとくぼみ、管形成を開始する。


図3

図3:ネクチンがアクチンを集積させる仕組み(モデル)
表層(頂端側)に存在するネクチンの量が増えると、それにともなって、表層側にN-カドヘリンが集まる(左)。N-カドヘリンは細胞内でアクチン細胞骨格とつながっているため、アクチンも表層に蓄積するようになる(中)。その後、アクチンの収縮が始まる(右)。


[発表雑誌]

英科学雑誌 Development(デベロップメント)電子版 2010年3月24日号掲載

論文タイトル:
"Nectin-2 and N-cadherin interact through extracellular domains and induce apical accumulation of F-actin in apical constriction of Xenopus neural tube morphogenesis"

著者:Hitoshi Morita, Sumeda Nandadasa, Takamasa S. Yamamoto, Chie Terasaka-Iioka, Christopher Wylie, and Naoto Ueno

[研究グループ]

本研究は基礎生物学研究所の上野直人 教授、森田仁 総合研究大学院大学 大学院生、山本隆正 研究員、寺坂-飯岡知恵元 研究補佐員、シンシナティ小児病院医学センター Christopher Wylie 教授、Sumeda Nandadasa 大学院生らによる研究グループによって行われました。

[研究サポート]

本研究は、文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(B)のサポートを受けて行われました。

[本件に関するお問い合わせ先]

基礎生物学研究所 形態形成研究部門
教授 上野 直人 (ウエノ ナオト)
Tel: 0564-55-7570(研究室)
E-mail: nueno@nibb.ac.jp

[報道担当]

基礎生物学研究所 広報国際連携室
倉田 智子
Tel: 0564-55-7628
E-mail: press@nibb.ac.jp