2008年 9月 16日

植物の新規細胞小器官“ERボディ”の形成の仕組みを解明

基礎生物学研究所 高次細胞機構研究部門の山田健志助教および西村幹夫教授らは、京都大学大学院 理学研究科 永野惇大学院生および西村いくこ教授と共同して、植物の小胞体から形成される細胞内小器官(オルガネラ)、ERボディの形成機構を明らかにしました。ERボディは、小胞体から形成される新規細胞小器官として2001年に高次細胞機構研究部門がモデル植物のシロイヌナズナより発見し、解析が続けられています。植物は様々な環境に適応して生きるために、新しい機能をもつ細胞小器官を形成したり、既存の細胞小器官の機能を変換したりすることができます。ERボディは、小胞体という本来分泌タンパク質の合成の場として働く細胞小器官が、βグルコシダーゼという酵素を大量に蓄積するために特殊化した新しい細胞小器官です。ERボディは幼植物体に見られますが、傷害や食害によっても誘導されるため、病害や虫害に対する防御のための細胞小器官であると考えられています。さらに、ERボディは、シロイヌナズナを含むアブラナ目にみられる細胞小器官であることがわかっています。これまでは、どのようにして小胞体よりERボディが形成されるのか、わかっていませんでした。今回、研究グループが発見しNAI2と名付けた遺伝子がERボディの形成に必須であることが初めて明らかになりました。今後、この遺伝子を用いて様々な作物にERボディを作らせ、病害や虫害に対する抵抗性を高めさせることができるのではないかと期待されます。今回の研究成果は、9月9日に雑誌「The Plant Cell」オンライン版に掲載されました。

[研究の背景]

研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナの小胞体の可塑性を研究する過程において、小胞体からERボディと呼ばれる細胞小器官が形成されることを見いだした(図1)。 ERボディは幼植物体の表皮細胞に蓄積し、植物が生長すると消失する。しかし、生長した植物にも傷害や食害によりERボディが形成されることから、ERボディは病害や虫害に対する防御のための細胞小器官であることが示唆された。 ERボディにはβグルコシダーゼという酵素が大量に蓄積しており、病害、虫害抵抗性に関わる低分子化合物を生成するために働いていると考えられた。小胞体は、本来分泌タンパク質の合成の場であり、合成されたタンパク質はすぐに小胞体から目的地へ向けて輸送される(図1)。一般的に、小胞体にタンパク質が蓄積してしまうと輸送の邪魔になるので、小胞体にはタンパク質が大量に蓄積することはない。一方、ERボディは合成と蓄積を兼ねた細胞小器官であり、βグルコシダーゼを大量に蓄積する。よって、シロイヌナズナはERボディを積極的に形成することで輸送の邪魔をすることなくタンパク質を大量に蓄積する仕組みをもつと考えられたが、実際にどのようにしてERボディが形成されるかは不明であった。

ERボディ模式図

図1: ERボディと小胞体の模式図
ネットワーク状の小胞体では分泌タンパク質が合成されており、合成されたタンパク質は輸送小胞によって目的地へと輸送される。ERボディはネットワーク状の小胞体の一部がβグルコシダーゼを蓄積するために分化したもので、細長い形態をしている。

[研究の内容]

シロイヌナズナの小胞体とERボディを、緑色蛍光タンパク質(GFP)で標識し可視化した植物を作成し、この植物に対して突然変異を誘発する処理を行い、ERボディが形成されない突然変異体を見つけた(図2)。変異体において欠損している遺伝子を同定し、この遺伝子をNAI2(NAIはERボディが”無い”の意)と命名した。 NAI2タンパク質はERボディに局在しており、ERボディの形成に働くERボディの因子であることが明らかとなった。NAI2遺伝子が欠損すると、ERボディは全く形成されないと同時に、ERボディに蓄積するはずのβグルコシダーゼは小胞体全体に分散し、蓄積量が減少した。NAI2遺伝子の欠損により、βグルコシダーゼ遺伝子の発現そのものは変化が無かったので、βグルコシダーゼは小胞体の分解機能によってその蓄積量が減少したと思われた。このことから、NAI2遺伝子は、ERボディを形成し、βグルコシダーゼを小胞体の分解機能から守り、大量に蓄積させるために働くことが明らかとなった。

ERボディ欠損変異体

図2: 野生株とERボディ欠損変異体
発芽後5日目のシロイヌナズナの小胞体とERボディを緑色蛍光タンパク質(GFP)により可視化し、蛍光顕微鏡で観察した。野生株(左)には細長い構造をしたERボディがたくさん見られるが、NAI2遺伝子が欠損した植物(右)ではERボディが見られない。バーの長さは10μm。

 
[今後の展望]

今回の研究で、植物が生育段階や環境に応じて小胞体の機能を大きく変換させることができ、その背景にNAI2遺伝子の働きがあることが明らかとなった。ERボディはアブラナ目の植物に見られる細胞小器官であることがわかっている。今後、NAI2やβグルコシダーゼを用いてERボディを作らない植物にERボディを形成させることができるか調べ、ERボディ形成の仕組みを詳しく調べることで、ERボディ形成に伴う小胞体の機能分化と生体防御機構の発達の過程を明らかにすることができると期待される。

[発表雑誌]

The Plant Cell
(2008年9月号 オンライン版先行掲載9月9日 )

論文タイトル:
"NAI2 is an endoplasmic reticulum (ER) body component that enables ER body formation in Arabidopsis thaliana"
「シロイヌナズナにおいてNAI2タンパク質はERボディ形成を可能にするERボディの因子である」

著者:Kenji Yamada, Atsushi J. Nagano, Momoko Nishina, Ikuko Hara-Nishimura, Mikio Nishimura
 (山田健志、永野惇、仁科桃子、西村いくこ、西村幹夫)

[研究グループ]

本研究は、基礎生物学研究所・高次細胞機構研究部門(山田、仁科、西村)と京都大学大学院理学研究科・植物分子生物学講座(永野、西村)により実施されました。

[研究サポート]

本研究は文部科学省科学研究費補助金(特定領域研究「オルガネラ分化」、若手研究)のサポートを受けて実施されました。

[用語の解説]

アブラナ目
アブラナ科(シロイヌナズナ、アブラナ、ダイコン、キャベツ、ワサビなど)、フウチョウソウ科(フウチョウソウ(別名 クレオメ、水蝶花)、ケッパーなど)、モクセイソウ科(モクセイソウ(別名 ミニョネット)など)、トウァリア科、パパイア科、ワサビノキ科などを含む植物分類群。

シロイヌナズナ
アブラナ科の一年草で、菜の花に似た形の白い小さな花を咲かせる。遺伝子サイズが小さく、簡単に栽培できることから、植物学研究において最も用いられている植物である。2000年に全ての高等植物の中で初めて全遺伝子配列が明らかにされた。

細胞小器官
オルガネラとも呼ばれる。生命活動を支える細胞内の微細構造で、形態的、機能的に特殊化した構造体の総称。核、ミトコンドリア、葉緑体、液胞、小胞体などがある。

小胞体
分泌タンパク質(細胞外に放出されるタンパク質)を合成するための細胞小器官。

ERボディ
シロイヌナズナで見つかったβグルコシダーゼを大量に蓄積するために小胞体から分化した長さがおよそ5〜10μmほどの細胞小器官。今までのところアブラナ目の植物のみにERボディ様の細胞小器官が存在することがわかっている。

βグルコシダーゼ
β-グルコシド(糖)結合を切断する酵素。糖が結合した化合物より糖を遊離させる働きがある。生きているワサビは糖が結合した状態で辛み成分を保持している。ワサビをすりつぶすと、グルコシダーゼの働きにより辛み成分と糖が遊離し、辛み成分が揮発性になる。

[本件に関するお問い合わせ先]

基礎生物学研究所 高次細胞機構研究部門
助教: 山田 健志 (やまだ けんじ)
Tel: 0564-55-7504(研究室)
E-mail: kyamada@nibb.ac.jp
URL: http://www.nibb.ac.jp/celmech/jp/

[報道担当]

基礎生物学研究所 連携・広報企画運営戦略室
倉田 智子
Tel: 0564-55-7628
E-mail: press@nibb.ac.jp