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News Release

幼虫から生殖能力を有する成虫への変化を制御する新たな仕組みをショウジョウバエで発見

 基礎生物学研究所/岡崎統合バイオサイエンスセンターの大原裕也研究員(2014年3月静岡県立大学大学院修了)と小林悟教授および静岡県立大学の小林公子教授らの研究グループは、筑波大学の丹羽隆介准教授、岡山大学の上田均教授らとの共同研究により、ショウジョウバエを用いて、幼虫から成虫への変化(変態)を制御する新たな仕組みを発見しました。幼虫から成虫への変態には、ステロイドホルモンの1種であるエクジソンが産生されることが必要ですが、エクジソンの産生がどのような仕組みで制御されるのかについて不明な点が多く残されています。研究グループは今回、エクジソンの産生を活性化するために必要な因子として、モノアミン*1)の1種であるチラミンとその受容体であるOctβ3Rを発見しました。本研究の成果は米国科学アカデミー紀要に掲載されました。

研究の背景
 多細胞動物は、成長に特化した幼若期から次世代を生み出す生殖能力を有する成体期へと発育・性成熟します。多くの動物種において、発育・性成熟の過程はステロイドホルモンにより制御されることが知られています。ショウジョウバエをはじめとした昆虫では、ステロイドホルモンの一種であるエクジソンの働きにより幼虫から蛹を経て成虫へと変態を遂げます(図1)。エクジソンは前胸腺と呼ばれる組織で産生され、前胸腺から分泌されたエクジソンは全身に作用し、幼虫組織の消失、成虫組織の構築を引き起こします。前胸腺におけるエクジソンの産生は、脳からの情報伝達により活性化することが知られており、この情報伝達を担うホルモンとして,前胸腺刺激ホルモン(PTTH)*2)およびインスリン様ペプチド(Ilps)*3)とその受容体が知られています(図1)。一方で、これらとは異なるタイプの受容体が前胸腺においてエクジソンの産生を活性化することがカイコを用いた研究などから予想されていましたが、その実体はこれまで不明でした
 また、昆虫の変態は、個体を取り巻く環境にも影響を受けることが知られています。例えば、成長途中の幼虫に栄養素を与えずに飼育すると、成長が不十分となり、蛹へと変態することができません。しかしながら、個体を取り巻く環境がどのようにして変態過程に影響を及ぼすのか、ほとんど明らかとなっていませんでした

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図1: エクジソンによるショウジョウバエ変態過程の制御

前胸腺から産生されたエクジソンは幼虫から蛹、蛹から成虫への変態を誘発する。前胸腺におけるエクジソンの産生は脳から分泌される前胸腺刺激ホルモン(PTTH)およびインスリン様ホルモン(Ilps)により活性化することが知られている。

研究の成果
 著者らは先行研究において,前胸腺に存在する受容体としてOctβ3Rを見いだしており、本研究においてOctβ3Rの機能を詳しく調べました。前胸腺においてOctβ3Rの機能を抑制したところ、その個体はエクジソンの産生が活性化せず蛹へ移行できないことが分かりました(図2B)。この結果は、Octβ3Rがエクジソンの産生を活性化するために必要であることを示しています。また、Octβ3Rはモノアミンの一種であるチラミンを受け取る受容体であることが知られていますが、前胸腺においてチラミンが産生されていることがわかりました。さらに、前胸腺におけるチラミンの産生を抑制した個体は、Octβ3Rの機能を抑制した場合と同様に、エクジソンの産生が活性化せず蛹へ移行できないことが分かりました(図2C)。以上の結果は,前胸腺から産生されるチラミンが、同じく前胸腺に存在するOctβ3RRを介してエクジソンの産生を活性化することを示しています(図2)

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図2:前胸腺のOctβ3Rおよびチラミンの産生を抑制した個体の表現型
A)正常個体はエクジソンの産生が活性化し,蛹、成虫へと変態を遂げる。B)前胸腺のOctβ3Rを抑制した個体は、エクジソンの産生が活性化せず蛹へ変態できず、幼虫のまま摂食を続け肥大した。C)前胸腺におけるチラミンの産生を抑制した個体は,Octβ3Rの機能を抑制した場合と同様に、エクジソンの産生が活性化せず蛹へ変態できず、幼虫のまま摂食を続け肥大した。



 さらに研究グループは、Octβ3Rの機能を抑制した前胸腺では、前胸腺刺激ホルモン(PTTH)およびインスリン様ホルモン(Ilps)が正常に機能せずエクジソン産生が活性化しないことを明らかにしました(図3)。このことは、前胸腺が前胸腺刺激ホルモン(PTTH)およびインスリン様ホルモン(Ilps)に応答してエクジソンの産生を活性化するためには、チラミン・Octβ3Rのはたらきが必要であることを示しています(図3)。

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図3: チラミン・Octβ3Rによる、前胸腺刺激ホルモン(PTTH)およびインスリン様ホルモン(Ilps)のはたらきの制御
A)正常個体の前胸腺は,前胸腺刺激ホルモン(PTTH)およびインスリン様ホルモン(Ilps)に応答しエクジソンの産生が活性化する。B)Octβ3Rの機能を抑制した前胸腺は、前胸腺刺激ホルモン(PTTH)およびインスリン様ホルモン(Ilps)に応答できずエクジソンの産生が活性化しない。


 前述のとおり、変態過程は栄養などの個体を取り巻く環境に影響を受けることから、次に、成長途中の幼虫における栄養がチラミンの機能に影響を及ぼす可能性を調べました。栄養に富む環境で飼育した場合、前胸腺はチラミンを分泌して前胸腺刺激ホルモン(PTTH)およびインスリン様ホルモン(Ilps)に応答し、その個体は蛹へと変態します(図4A)。一方、栄養が与えられず成長が不十分となった幼虫の場合、チラミンの分泌と前胸腺刺激ホルモン(PTTH)およびインスリン様ホルモン(Ilps)への応答が起こらず、蛹に変態できないことがわかりました(図4B)。この結果から、栄養摂取により幼虫が十分に成長すると、チラミンとOctβ3Rのはたらきにより前胸腺が前胸腺刺激ホルモン(PTTH)およびインスリン様ホルモン(Ilps)へ応答できるようになり、変態が引き起こされるというモデルを提唱しました(図4)。

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図4: 栄養・成長による変態の制御モデル
A)栄養に富む環境で飼育した場合、前胸腺はチラミンを分泌して前胸腺刺激ホルモン(PTTH)およびインスリン様ホルモン(Ilps)に応答し、その個体は蛹へと変態する。B)栄養が与えられず成長が不十分となった幼虫の場合、チラミンの分泌と前胸腺刺激ホルモン(PTTH)およびインスリン様ホルモン(Ilps)への応答が起こらず、蛹に変態できない。



本研究の意義と今後の展望
 これまでの昆虫の変態に関するホルモンの研究では、エクジソンの産生を制御する因子として、脳から産生されるホルモンに焦点が当てられてきました。本研究では、前胸腺から産生されたチラミンがOctβ3Rを介して前胸腺自身のエクジソン産生を制御するという、新たなエクジソン産生の制御機構を明らかにしました。このようなホルモンの作用はオートクライン作用と呼ばれ、細胞集団が短期間で効率よく反応するための情報伝達機構です。このようなチラミンのオートクライン作用により,前胸腺の細胞集団が同時期に前胸腺刺激ホルモン(PTTH)およびインスリン様ホルモン(Ilps)に応答してエクジソンの産生を活性化できると考えられますこのようなモノアミンとステロイドホルモンの関係が他の動物種においても存在するのかを調べることが今後の課題です
 もう1つの重要な課題として、どのようにして幼虫は栄養状態や自身の成長に応じてチラミンを制御しているのかを明らかにすることが挙げられます。特に、どのような仕組みで「栄養」や「成長」の情報が感知され前胸腺に伝達されるのか、という点を明らかにすることが重要です。これらの点を明らかにすることで、昆虫のみならず動物種の間で共通した発育・成熟過程を制御する仕組みを理解する手がかりを見いだすことができると考えます。



用語解説
*1)モノアミン:アミノ基と呼ばれる構造を持つ神経伝達物質・ホルモンの総称。昆虫はチラミン、オクトパミン、セロトニン、ドーパミンなどのモノアミンを持つ。
*2)前胸腺刺激ホルモン(PTTH):昆虫の脳から産生されるペプチド性のホルモンの1種。
*3)インスリン様ホルモン(Ilps):昆虫が持つ,脊椎動物のインスリンやインスリン様成長因子と類似した構造・機能を持つペプチド性のホルモン。



発表雑誌
Proceedings of the National Academy of Sciences, USA.(米国科学アカデミー紀要) (2015)
タイトル:“Autocrine regulation of ecdysone synthesis by β3-octopamine receptor in the prothoracic gland is essential for Drosophila metamorphosis”
著者:Yuya Ohhara, Yuko Shimada-Niwa, Ryusuke Niwa, Yasunari Kayashima, Yoshiki Hayashi, Kazutaka Akagi, Hitoshi Ueda, Kimiko Yamakawa-Kobayashi, and Satoru Kobayashi  >> 論文


本件に関する問い合わせ先
岡崎統合バイオサイエンスセンター 基礎生物学研究所 教授 小林 悟 skob@nibb.ac.jp
静岡県立大学食品栄養科学部 教授 小林公子 kobayasi@u-shizuoka-ken.ac.jp

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