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幹細胞から非可逆的に幹細胞活性を失う “ Time of no return ” を同定

 精巣の生殖細胞は、鎖状に繋がったまま分裂し、増殖・分化していくため、最初の一個から何回分裂したかは、鎖の数を数えることにより容易に知ることができる便利な細胞です。さらに幹細胞研究からの視点で見ますと、幹細胞マーカーの同定が進み、組織学的解析が容易で、加えて近年幹細胞移植法、幹細胞培養法などが次々と開発されるなど、精巣の幹細胞は他の成体の組織幹細胞システムでは不可能な実験も可能となっています。
 さて、遺伝子は一個一個がバラバラに発現しても意味を成しません。従って、ある意味をもったシグナルを伝えるのに一群の遺伝子がセットで発現する必要があります。そのセットとしての遺伝子発現の音頭取りをする機構の中心をなしているのがエピジェネティクス制御機構(DNAメチル化やヒストン修飾などのゲノム修飾)です。計画班員の大保と大学院生の白川らは、精巣の幹細胞の特徴をエピジェネティクスの視点から詳細に調べることを試みました。精子を作る源の精巣の幹細胞については、40年以上前から最初の一個のみが幹細胞であるという“As説”が提唱され、現在の理解の主流になっています。はじめ大保たちは、As細胞と、それが1回分裂した幹細胞活性を喪失すると言われている2細胞期のApr細胞の間でゲノム修飾が大きく変わることを予想して解析しました。しかし驚くべきことに、これら2つの細胞間ではゲノム修飾は何の変化も無く、さらに数回分裂し4細胞期、8細胞期となったAal細胞においても大きな変化はありませんでした。そして、その次の分化段階である、膜型チロシンキナーゼの一つKit分子が発現するポイントで大きくゲノム修飾が変化することを見出しました。そしてこのポイントをエピジェネティック・チェックポイントと名付けました(図1)。

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このチェックポイントで、de novoのDNAメチル基転移酵素の発現上昇、抑制性ヒストン修飾H3K9me2の急激な上昇が見られ、細胞の核内で染色体がダイナミックに動くことが解りました (図2)。

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また、維持DNAメチル化を障害するために、維持メチル化酵素Dnmt1と複合体を作るNp95(Uhrf1)のコンディショナルノックアウトマウスの精巣を解析したところ、Kitを発現する前のAs細胞、Apr細胞、Aal細胞からなる未分化型精原細胞は維持され、Kitを発現した分化型精原細胞 (A1細胞以降)以降の分化した細胞が消失することを見出しました(図3)。また逆にDNAメチル化酵素を、本来発現していないKit陰性の未分化な精原細胞に発現させると分化型精原細胞のマーカーKit分子の発現が誘導されることも見出しました(図3)。

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これらの結果などから大保らは、As細胞からAal細胞の細胞内在性の幹細胞活性は、かなり均一な状態ではないかと推測しています。実はこれまでも、必ずしもAs説と合致しない結果が報告されています。例えば (1) As細胞に発現しているいわゆる幹細胞特異的分子は、As細胞のみで発現するものはなく、2個、4個、或はそれ以上の鎖の長さをもった細胞まで発現しているものがほとんどであること。(2) 移植実験では, Apr細胞、Aal細胞それぞれの幹細胞活性は、技術的限界から直接的には測定されていないので、“幹細胞であるのはAs細胞のみである”か否かは直接的には証明されていないこと。さらに大きな発見として共同研究者の基礎生物学研究所の吉田松生らが、生きたマウスを用いたタイムラプス撮影装置を用いた研究で、(3)精原細胞の鎖がちぎれ、より短い鎖長の精原細胞になること、を証明しました。このことは一度数回分裂した細胞が再びAs細胞に成る可能性を示唆します。このような細胞生物学的観察の分子生物学的視点からの解釈として大保らは、As細胞からAal細胞に至る細胞はエピジェネティクスの視点からは元々均一な細胞集団であるからではないかと考え、As説に対してStem cell pool説を提唱しています(図1)。現在、これらゲノム修飾が個々の遺伝子レベルでどのような影響を与えているか、メチル化される領域などを次世代シークエンサーなどの手法を用いて解析を行っています。


「発表雑誌」
Development (2013)
タイトル:“An epigenetic switch is crucial for spermatogonia to exit the undifferentiated state toward a Kit-positive identity”
著者:T. Shirakawa, R. Yaman-Deveci, S. Tomizawa, Y. Kamizato, K. Nakajima, H. Sone, Y. Sato, J. Sharif, A. Yamashita, Y. Takada-Horisawa, S. Yoshida, K. Ura, M. Muto, H. Koseki, T. Suda and *K. Ohbo  >> 詳細

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