基礎生物学研究所 細胞動態研究部門

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研究紹介
Research

  1. 細胞小器官と細胞内の交通システム
  2. 膜交通の基本的な仕組み
  3. 植物にしかない液胞のはたらきはどのように生み出されるのか
  4. 分泌経路の多様化は何をもたらしたのか
  5. ゼニゴケのオートファジー
  6. オルガネラの新規獲得の仕組みを探る;苔類の油体
  7. 植物の精子形成と膜交通

細胞小器官と細胞内の交通システム

植物や動物など真核生物の細胞内には,小胞体,ゴルジ体,液胞/リソソーム,エンドソームなど,一重の膜で囲まれた様々な細胞小器官(オルガネラ)が存在しています.これらの細胞小器官はそれぞれ独自のタンパク質や脂質の組成を持ち,異なる反応を行う場として機能しています.例えば小胞体は,タンパク質や脂質の合成,タンパク質の修飾,カルシウムの貯蔵など,他の細胞小器官にはない独自のはたらきを担っています.また,細胞小器官の間では活発に物質や情報のやり取りが行われており,必要な時に必要なものを目的地の細胞小器官に輸送する仕組みが整えられています.この仕組みが破綻すると,動物では重大な疾患を引き起こしますし,植物でも発生に重大な影響をもたらします.

細胞小器官の間の物質のやりとりは,膜で囲まれた小胞や小管を通して行われています.この仕組みは,道路や鉄道を介した交通の仕組みになぞらえ,“膜交通”と呼ばれています.膜交通は細胞小器官のはたらきを維持する上でも,より複雑な生命現象を生み出す上でも,非常に重要な基盤としてはたらきます.この膜交通の分子レベルの仕組みや,それぞれの細胞小器官のはたらきは,全ての真核生物で共有されているものと考えられてきました.しかし最近,生物の多様な姿や生活環を反映し,細胞小器官のはたらきや膜交通の仕組みも進化の過程で多様化し,独自の進化を遂げてきたことが明らかになってきました.では,それぞれの生き物に特有の細胞小器官のはたらきや膜交通の多様性は,どのようにして生み出されてきたのでしょうか.私たちは,多様な細胞小器官のはたらきとそれを生み出す膜交通の仕組みに注目し,その仕組みを分子レベルで解明するとともに,そのような仕組みが進化の過程でどのように生み出されてきたのかを明らかにするべく,植物を主な実験材料として研究を行っています.

植物のオルガネラと膜交通経路
図 植物のオルガネラと膜交通経路
分泌(エキソサイトーシス)経路,液胞輸送経路,エンドサイトーシス経路が植物のオルガネラ間を結んでいます.植物のエンドサイトーシス経路は,トランスゴルジネットワークが初期エンドソームとしてのはたらきを持つなどいくつかの点で,動物のエンドサイトーシス経路と異なっています.

膜交通の基本的な仕組み

ここに,膜交通の基本的な仕組みを模式的に示しました.まず,輸送の出発地点となるオルガネラ膜上においてSAR/ARF GTPaseと被覆複合体(coat complex)が積み荷を選別・濃縮するとともに,膜を変形させ輸送小胞の出芽が起こります(1).続いて,被覆複合体が解離し(2),輸送小胞が目的地であるオルガネラの膜に繋留因子(tether)により繋留されます.この繋留因子の集合は, RAB GTPaseにより制御されています(3).最後に, 4種類(Qa, Qb, Qc, R)または3種類(Qa, Qb+c, R)のSNARE分子が複合体を形成することにより膜融合を実行します(4).生物の複雑な膜交通経路網は,この膜交通の素過程を各オルガネラ間で繰り返すことにより成り立っているのです.我々は,被覆複合体,RAB, SNAREなどの分子を中心とし,膜交通経路で機能する分子群の多様化と膜交通経路の進化との関連を探り,さらにはオルガネラ機能の多様化の仕組みを解明するべく研究をおこなっています.
参考文献:上田貴志 植物を用いたメンブレントラフィック研究 DOJIN BIOSCIENCEシリーズ メンブレントラフィック 福田光則,吉森保編,化学同人

膜交通の模式図
図 膜交通の模式図

植物にしかない液胞のはたらきはどのように生み出されるのか

植物の液胞は,細胞外や細胞膜上の物質を細胞内に取り込むエンドサイトーシス経路や,小胞体からスタートする物質の輸送経路の終着点の1つで,動物のリソソームに対応する細胞小器官と考えられています.植物の液胞は動物のリソソームと同様に細胞内で不要になった物質の分解を担っています.その一方で,植物の液胞は様々な物質を貯蔵する役割ももっています.例えば,アジサイの花を彩る色素や大豆に含まれるタンパク質などは,液胞に貯蔵されています.液胞は人々の生活にも大いに関わりのある細胞小器官だと言えるでしょう.さらに,液胞の形態は一定ではなく,細胞内外の環境に対応して常に変化しています.例えば,植物の表皮に存在し植物体の内外で空気の交換をおこなうための気孔が開閉するためには,液胞の膨張と収縮が必要です.また,植物の液胞は細胞を大きく成長させるための空間充填のはたらきも担っており,地球上での植物の繁栄に大きく寄与しています.では,このような植物に独自の液胞のはたらきは,どのように生み出されてきたのでしょうか.

液胞への膜交通経路ではたらく分子の中でも,我々はRAB GTPaseや繋留因子,SNAREなどの分子に特に注目して研究を進めています.これまでの研究により,植物の液胞への輸送経路が,他の生物には無い独自の仕組みを持っていることが分かってきました.植物は他の生物には無い独自のRAB GTPaseやSNAREを進化の過程で獲得したり(Ebine et al., 2011),動物にも存在する共通のRAB GTPaseを別の輸送経路に配置することにより (Ebine et al., 2014),植物独自の液胞輸送経路を進化させてきたのです.これらの液胞輸送の仕組みの解析を通じて,植物の液胞の多様な機能とその制御機構を明らかにすることを目指しています.

液胞機能と多様な液胞輸送経路
図 液胞機能と多様な液胞輸送経路
エンドサイトーシス経路で運ばれてきた細胞外や細胞膜上の物質や,小胞体で合成されたタンパク質の一部は,液胞に運ばれます.植物の液胞は(1)様々な物質の貯蔵,(2)不要になった物質の分解,(3)空間充填などの多様なはたらきをもっています.

分泌経路の多様化は何をもたらしたのか

細胞の中と外とを仕切る細胞膜は,細胞の伸長や周囲のストレスに応じてその性質を変化させます.また,植物細胞は動物細胞と異なり細胞壁を持ちます.最近,細胞壁が細胞を固くするためだけの構造ではなく,様々な反応の場として機能するインテリジェント空間であることも分かってきました.細胞膜は,細胞内と細胞壁空間のインターフェイスとしても機能しています.このような細胞膜や細胞壁の機能を発現・維持するため,植物の分泌経路は独自の多様化を果たしているものと考えられます.実際,植物では分泌経路で機能する膜交通関連因子の数が動物や酵母と比較し増加していることが分かっています.我々は,植物細胞における細胞膜や細胞外への輸送経路の分子機構を明らかにするとともに,分泌経路の多様化が植物の生存戦略に及ぼした影響を明らかにするべく研究を進めています.

植物細胞における分泌経路の模式図
図 植物細胞における分泌経路の模式図
植物では,動物や酵母において分泌経路で機能することが知られている鍵因子の数が増加しており,それぞれが異なる膜交通経路で機能していることが知られています.多様な分泌経路が,細胞壁の構築をはじめとする植物に特有の生命現象を支えています.

ゼニゴケのオートファジー

オートファジーは,細胞質中の物質やオルガネラを栄養飢餓やオルガネラの品質低下に応じて分解するシステムであり,その仕組みは真核生物で広く保存されています.オートファジーができなくなると,発生や分化の様々な段階で異常がみられることから,オートファジーは多様な生理現象に関与していることが分かります.植物においても,栄養飢餓などのストレス下でオートファジーが重要な役割を担っていると考えられていますが,植物のオートファジーの詳しい仕組みについてははいまだよく分かっていません.また,これまでの植物のオートファジー研究は専らシロイヌナズナなどの被子植物を使って行われており,植物におけるオートファジーの分子機構や生理的役割の多様性に関する知見はほとんどありません.私たちの研究室では,基部陸上植物の一つであるゼニゴケを使って,オートファジーの機能や膜交通との関連について研究を行っています.

ゼニゴケの精子形成時に観察されるオートファゴソーム
図 ゼニゴケの精子形成時に観察されるオートファゴソーム
ゼニゴケの精子変態の過程では,非常に多くのオートファゴソームが観察されます(矢尻,Minamino et al. 2017).このとき多くのオルガネラや細胞質成分が分解されることから,オートファジーがこの分解に寄与していると推測されます.

オルガネラの新規獲得の仕組みを探る;苔類の油体

油体は,陸上植物の中でも苔類のみが持つ細胞小器官です.苔類の種により油体の色や形,数,分布の様子が異なることから,油体は苔類を分類する際の重要な指標として用いられてきました(苔類の油体は,中性脂質を蓄積するオイルボディとは全く異なる細胞小器官です).苔類の油体に関する記述は1835年に既に見られ,古くからその存在は知られていました.しかし,油体がどの細胞小器官に由来し,どのような機能を有するのかについては,まだあまりよく分かっていません.我々は,ゼニゴケのSNARE分子を網羅的に解析し,油体細胞で特異的に発現するSNAREを見いだしました (Kanazawa et al., 2016).これを手掛かりにして,油体形成の過程に膜交通がどのように関与しているのか,また,油体の獲得がどのような分子機構にもとづいてなされたのかについて解析を行っています.

ゼニゴケの油体と油体細胞
図 ゼニゴケの油体と油体細胞
ゼニゴケ葉状体細胞には,油体を含む油体細胞が点在しています.図の緑色,紅紫色,青色は,それぞれ油体膜,細胞膜,葉緑体を示しています.

植物の精子形成と膜交通

精細胞を花粉管を通して卵に運ぶ被子植物とは異なり,一部の車軸藻植物,コケ植物,シダ植物,イチョウやソテツなどの一部の裸子植物の雄性配偶子は,鞭毛を有する精子です.精子が卵へと泳いで到達し,受精することにより有性生殖が達成されます.植物の精子は,動物の精子と同じように9+2構造からなる鞭毛を持っていますが,細胞体がらせん形をしている,多層構造体やスプラインといった特徴的な微小管構造を含むなど,動物とは異なる特徴も有しています.我々は,植物の精子の形成や鞭毛の運動の仕組みを,膜交通の観点から明らかにすることを目指しています.

動画 遊泳するゼニゴケの精子
2本の鞭毛を一方は投げ縄様に,もう一方は波打ち様に動かして泳ぎます.(暗視野顕微鏡にて観察.1/10倍速)
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