《 基礎生物学研究所要覧 》

統合バイオサイエンスセンター
時系列生命現象研究領域I

DEPARTMENT OF DEVELOPMENT, DIFFERENTIATION AND REGENERATION I


1.研究の目的

 研究の目的は,生物の最も根源的な性質である生殖に関与する生殖細胞が形成される機構を分子レベルで明らかにすることである。多くの動物で生殖細胞の形成に関わる因子が卵の一部の細胞質に局在することが前世紀初頭から予想されてきた。その中で最も解析が進んでいるショウジョウバエでは,生殖細胞の分化に関わる因子が卵の後極の細胞質(極細胞質)に局在することが示されている(図)。当研究室では,生殖細胞の形成に関わる因子を同定し,その機能解析を以下のように行なっている。

2.極細胞の形成に関わる因子の解析

 胚発生過程の初期に形成される極細胞と呼ばれる細胞が,ショウジョウバエにおいて生殖細胞に分化できる唯一の細胞である(図)。極細胞形成因子の一つとして,ミトコンドリアlarge ribosomal RNA (mtlrRNA)を同定した。電子顕微鏡レベルのin situ ハイブリダイゼーション法により,ミトコンドリア内で転写されるmtlrRNAが,極細胞質中でミトコンドリアから極細胞質中にのみ観察される極顆粒と呼ばれる構造物に移送され,極細胞形成に関与した後に分解されることを明らかにした。さらに,mtlrRNAが,ミトコンドリアsmall ribosomal RNA (mtsrRNA)とともにミトコンドリア・タイプのリボソームを極顆粒上で形成することを強く示唆する結果 も得られている。おそらく,このリボソーム上で極細胞形成に関わるタンパク質をコードするmRNAが翻訳されていると考えられる。現在,このmRNAの同定を試みている。

Fig. 1

図1. ショウジョウバエ胚における生殖細胞形成過程

卵割期胚の後極の極細胞質(a中の矢印)は,胞胚期に極細胞中に取り込まれる(cの矢印)。極細胞は,やがて生殖巣中に移動し(e中の矢印),成虫の生殖巣中で配偶子形成過程を経た後,卵や精子に分化する。

3.極細胞分化に関与する因子の解析

 形成された極細胞が生殖細胞に分化する過程に,Nanosと呼ばれるタンパク質が関与することを明らかにした。nanos mRNAは極細胞質に局在しており,Nanosタンパク質は極細胞に取り込まれる。この分子の機能が失われると,極細胞は生殖巣に移動することができなくなり,結果的に卵や精子である生殖細胞に分化できなくなる。極細胞中でNanosは,本来体細胞で発現し体細胞の分化に関わる遺伝子の発現を抑制している。このような遺伝子が極細胞で異所的に発現すると極細胞の移動が異常になることが明かとなった。すなわち,Nanosが,極細胞の分化を阻害する遺伝子発現を抑制することにより,極細胞分化を正常に進行させるpermissiveな因子であることを示している。

 最近,Nanosタンパク質が,極細胞の細胞死(apoptosis)も抑制していることも明らかになった。現在,Nanosが細胞死を抑制する機構についても解析している。

4.生殖細胞としての特質を決定する因子の解析

 以上の研究から,Nanosタンパク質の他に,極細胞の分化に関わるinstructiveな働きを持つ因子の存在が予想される。おそらく,この因子は,極細胞中で,生殖細胞としての特質を決定する機能を持つと予想できるが,現在のところ,このような因子は明らかになっていない。現在,この因子を単離同定するために以下の研究をおこなっている。

 まず,生殖細胞特異的に発現するvasa遺伝子のプロモーター解析をおこなっている。この遺伝子は,極細胞中でもっとも早くから発現が検出される遺伝子であり,他の動物群においても生殖細胞特異的に発現することが知られている。このことから,vasa遺伝子を発現することが,生殖細胞の特質の一つであるといっても過言ではない。現在,発現に必須なDNA領域を決定し,次いで,この領域に結合する分子の単離をおこなっている。

 第2に,生殖細胞特異的に発現するvasa以外の遺伝子の単離も試みつつある。単離された遺伝子に関して,上記と同様の解析をおこなう。

 第3に,突然変異を用いた遺伝学的な解析により,生殖細胞の特質を決定する遺伝子の特定もおこなっている。現在のところ,卵形成過程で発現し,遺伝子産物が極細胞質に存在し,極細胞に取り込まれ,極細胞中で機能すると予想される遺伝子が単離されている。さらに,この遺伝子の突然変異は,極細胞形成や極細胞の生殖細胞への移動過程には影響しないのに対し,減数分裂過程に影響を与える。減数分裂は生殖細胞の重要な特質の一つであることから,この遺伝子が生殖細胞の特質を決定する因子をコードしていると考えている。現在,この突然変異の原因遺伝子の単離を試みている。

5.マウスにおける生殖細胞形成機構

 ショウジョウバエ以外の双翅目昆虫や進化的に離れた動物種においてもNanosホモログが存在し,その発現が生殖細胞で観察されている。このことから,Nanosが,多くの動物に共通して生殖細胞の形成に関わるものと考えられる。そこで,マウスにおけるNanosの機能解析も共同研究として進行中である。

参考文献

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