《 基礎生物学研究所要覧 》

形質統御実験施設
遺伝子発現統御第二研究部門

DIVISION OF GENE EXPRESSION AND REGULATION II

1.ゲノムダイナミクス

 ゲノムは非常に安定に振る舞う反面,融通無碍(ゆうずうむげ)に変化する面を併せ持つ。当研究室ではダイナミックに変化するゲノム構造に焦点をあて,そのメカニズムと意味を追っている。特に,生存に必要なゲノム代謝にあたる「複製・組み換え・修復」と「ゲノムの構造変換」との関係を明らかにすることを目指している。

2.複製と転写の衝突による組み換えの活性化

 複製の阻害によって,組み換えが活性化される現象を大腸菌で見出した。例えば,複製が特異的な複製フォーク阻害点でその進行が阻止されると,その近傍の組み換えが活性化される。複製の進行阻害は逆方向の転写との衝突によっても起こり,同様の活性化が起こる。この活性化される組み換えの意味は,組み換えによってできた新しい複製フォークがその障害を乗り越えていくことにあると考えている。確かにバクテリアゲノム上にある遺伝子の方向は,複製の方向と一致する傾向がある(図1)。おそらく,転写と複製の衝突によって引き起こされる組み換えの負担を,少なくしようとする選択が働いたためと思われる。我々はこの組み換え機構が,真核生物の繰り返し遺伝子のコピー数の変動に働いているらしいことを最近明らかにしてきている。

3.リボゾームRNA遺伝子のコピー数の増減

 リボゾームRNA遺伝子はリピート遺伝子の代表例である。一般に100ヶ以上のリボゾームRNA遺伝子がゲノムの1または数カ所に集中しているが,そのコピー数はあたかも呼吸をするように増えたり減ったりしている。我々はこれまで不明であったこの増減のメカニズムを明らかにしつつあり,その模式図を図2に示した。これからも明らかなように,その増減はまずリピート内で起こる複製の進行阻害によって開始され,その後起こる組み換えの相手をリピート構造故に取り違えることから起こることを明らかにしつつある。というのは,複製の特異的阻害部位(RFB)での阻害に必須なタンパク質(Fob1)が欠損すると,リボゾームRNA遺伝子のコピー数増減が全く起こら無いからである。

 このような知見は,ヒトゲノムの50%にも及ぶ繰り返し配列の起源や増幅過程,ガンや遺伝病の病因に直結する遺伝子(配列)の増幅等のメカニズム解明にも寄与しよう。また,農薬に耐性になった昆虫にもある種の遺伝子増幅が起こっており,明らかに環境変化に適応する生物の能力の一つであろう。このような切り口からゲノムの安定性と不安定性を明らかにするのが当研究室の目標である。

Fig. 1

図1 ゲノム上の遺伝子方向と複製方向の一致

枯草菌の環状ゲノムを円で表した。oriC, terCは複製開始点と複製集結点を,矢印は複製の方向を示す。黄色は全遺伝子の密度を表し,赤色は時計回りの遺伝子密度を表した。(Kunstら,Nature (1997) 390, 249より引用)

参考文献

  1. Kobayashi, T., Heck, J. D.,Nomura, M., and Horiuchi, T. (1998) Expansion and contraction of ribosomal DNArepeats in Saccharomyces cerevisiae: requiremnet of replication fork blocking(Fob1) protein and the role of RNA polymerase I. Genes & Dev.12, 3821-3830.
  2. Mori, H., Isono, K., Horiuchi,T., and Miki, T. (2000) Functional genomics of Escherichia coli in Japan. Res. Microbiol. 151, 121-128.
  3. Kobayashi,T., Nomura, M., and Horiuchi, T. (2001) Identification of DNA cis-elementsessential for expansion of ribosomal DNA repeats in Saccharomycescerevisiae. Mol.Cell. Biol.21,136-147.
  4. Johzuka, K. and Horiuchi, T.(2002) Replication fork block protein, Fob1, acts as an rDNA region specificrecombinator in S. cerevisiae. Genes Cells7, 99-113.
  5. 小林武彦,竹内 靖,定塚勝樹,堀内 嵩(2001)「DNA複製フォークの進行阻害と遺伝子増幅」蛋白質 核酸 酵素 増刊号『DNA修復ネットワークとその破綻の分子病態』46, 1004-1012.
Fig. 2

図2 出芽酵母のリボゾームRNA遺伝子(rDNA)コピー数増幅モデル

2コピーのrDNAが150コピーに増幅する機構を表した(理解を容易にするために一部簡略化)。


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