《 基礎生物学研究所要覧 》

形質統御実験施設
遺伝子発現統御第一研究部門

DIVISION OF GENE EXPRESSION AND REGULATION I


 “ゲノム”の構造は必ずしも安定ではなく,時にダイナミックに変化して種々の生体機能の発現に影響を与える。ゲノムにダイナミズムを賦与し,種々のDNA再編成を起こして遺伝子の発現様式を変える配列としてトランスポゾンが注目されている。また,DNAのメチル化やクロマチン構造の変化によるエピジェネティックな発現制御もゲノムにダイナミズムを賦与する要因と認識されつつある。当研究室では,主に「アサガオ」と「イネ」を材料として,(1)目に見える変異形質からゲノム配列の変化を解明する“Genetics”,(2)エピジェネティックな発現制御を解明する“Epigenetics”,(3)相同組換えやトランスポゾンを用いて遺伝子を改変して変異形質を探る“ReverseGenetics”の3方向から“ゲノムダイナミズムと生体機能”の解明をめざしている。これらゲノム動態の解明は,進化や多様性にも重要な知見を提供するであろう。

1.アサガオの易変性変異

 我々は平賀源内の「物類品隲」(1763)にも記載された「時雨絞(雀斑; flecked)」や19世紀初頭の文化文政期に出現した「吹掛絞(speckled)」など花色に関する幾つかの易変性変異に着目して変異の同定を行った。その結果,江戸時代に花卉園芸化されて多種多様な変異が分離されたアサガオの自然突然変異の大部分は,我々がアサガオから最初に単離したEn/Spm系のTpn1と名付けたトランスポゾンとその類縁因子の挿入変異であることが明らかになってきた。Tpn1はトランスポゾンがコードしている転移に必要な転移酵素遺伝子が欠損している非自律性因子で,同じ細胞内に共存する自律性因子が作り出す転移酵素が作用して初めて転移脱離できる。多くの自然突然変異もTpn1類縁の非自律性トランスポゾンの挿入変異であり,また易変性の変異形質を示さずに安定な変異であると考えられている自然突然変異の中にも,エピジェネティックな遺伝子発現の抑制などによって挿入されたTpn1類縁の非自律性トランスポゾンが転移脱離できなくなって一見安定な変異形質を示すものや,挿入トランスポゾンの脱離やDNA再編成に付随する突然変異など種々の安定化機構が関与したと思われるものも見出せた。さらに,紫地に青色の絞り花を咲かせる易変性「紫(purple)」変異もTpn1類縁のトランスポゾンを指標に同定したところ,液胞の膜タンパクで液胞型Na+/H+交換輸送体をコードする遺伝子の挿入変異であることが明らかとなった。この液胞型Na+/H+交換輸送体が,アサガオの開花時に発現して花弁表層のアントシアニンが蓄積している液胞のpHを上昇させ,花色を青くしていることも明らかにできた。なお,紫花のアサガオは17世紀末の元禄時代頃には出現していたらしい。また,エピジェネティックな遺伝子発現制御が関与すると思われる花模様の形成機構についても解析中である。さらに,花で発現する遺伝子の網羅的解析も開始した。

Fig. 1

図1.野生型の青花アサガオ(A)と花色と模様に関する自然突然変異(B)−(I)

易変性「雀斑」変異(F)、易変性「吹掛絞」変異(G)、易変性「紫」変異(E).少なくとも(B,C,D,H)の変異にもTpn1類縁因子が関与している。

2.マルバアサガオの易変性変異

 メキシコ原産で18世紀頃欧米で園芸化されたマルバアサガオにも「条斑絞(flaked)」と呼ばれる絞り花を咲かせる易変性変異が知られている。この易変性変異は,Ac/Ds系 のTip100と名付けたトランスポゾンの色素生合成系遺伝子への挿入による自然突然変異であることを明らかにできた。さらに,マルバアサガオの花色に関わる安定な自然突然変異の中にもAc/Ds系 のトランスポゾンの挿入変異と思われる系統もあることが明らかになってきた。これらの結果 は,アサガオやマルバアサガオの園芸化や育種の過程に自然突然変異原としてのトランスポゾンが重要な役割を果 たしてきたことを示唆するものと思われる。なお,20世紀中葉に米国で園芸化されたソライロアサガオの花色に関わる自然突然変異についても解析中である。

3.イネの易変性変異

 高等植物でシロイヌナズナに次いで全ゲノム配列の解明が行なわれている単子葉植物のイネは,全世界の人口の過半数の主食であり,またトウモロコシなど穀類のモデル植物でもある。しかしながら,トウモロコシの場合とは異なり,イネの易変性変異に関する記述はほとんどなく,ゲノム配列から内在性のDNA 型トランスポゾンの存在は明らかにされてはいるが,それら内在性因子の活性や動態についてもあまり研究されてはいない。淡黄緑色地の葉に濃緑色のセクターが入る易変性virescent変異は,葉緑素蓄積かカロチノイド生合成に関係深い未知遺伝子にDNA 型トランスポゾンが挿入した変異と思われ,エピジェネティックな発現制御を受けていると思われる興味ある遺伝形質を示す。それ故,我々はこの易変性変異の解析を開始した。

4.相同組換えを利用したイネゲノムの改変

 イネのゲノム配列が明らかになるに従い,かなりのイネの遺伝子のホモログがシロイヌナズナには見出されないことも明らかになってきた。さらに,シロイヌナズナの遺伝子の内の1割程度しか実験的解析が行われてはいない現状を考えると,相同組換えによりゲノム上の内在性遺伝子を正確に改変する遺伝子ターゲティング法の開発は未知遺伝子の機能解明のための必要不可欠な“Reverse Genetics”の手法と考えられる。我々は形質転換効率を高めて稀に起きる体細胞相同組換え体を効率的に選抜することにより,目的とするターゲット遺伝子だけを自在に改変するイネの遺伝子ターゲティング法の開発を試み,食味に関わるWaxy遺伝子をモデルとした遺伝子ターゲティングに成功した。今後、この手法を用いて遺伝子発現の制御機構のみならず,ゲノムの動態の解明にも迫りたいと考えている。

Fig. 2

図2.イネの易変性virescent 変異(A)と相同組換えによりゲノムが改変されたトランスジェニックイネ(B,C)

ジーンターゲッティングされたカルスからの再生(B)と稔性のあるイネ再生個体(C)。

参考文献

  1. Inagaki, Y., Hisatomi, Y.,Suzuki, T., Kasahara, K. and Iida, S. (1994) Isolation of aSuppressor-mutator/Enhancer-liketransposable element, Tpn1, from Japanese morning glory bearing variegated flowers. PlantCell6, 375-383. 
  2. Izawa, T., Ohnishi, T., Nakao,T., Ishida, N., Enoki, H., Hashimoto, H., Itoh, K., Terada, R., Wu, C.,Miyazaki, C., Endo, T., Iida, S. and Shimamoto, K. (1997) Transposon tagging inrice. Plant Mol. Biol.35,219-229.
  3. Habu, Y.,Hisatomi, Y. and Iida, S. (1998) Molecular characterization of the mutable flaked allele for flowervariegation in the common morning glory. Plant J. 16, 371-376.
  4. Iida, S., Hoshino,A., Johzuka-Hisatomi, Y. and Inagaki, Y. (1999) Floricultural traits andtransposable elements in the Japanese and common morning glories. Annals NewYork Acad. Sci. 870, 265-274.
  5. Fukada-Tanaka.S., Inagaki, Y., Yamaguchi, T., Saito, N. and Iida, S. (2000) Colour-enhancingprotein in blue petals. Nature407, 581.

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