《 基礎生物学研究所要覧 》

制御機構研究系
計時機構研究部門

DIVISION OF CELLULAR REGULATION


 生物を取り巻く自然環境は常に変化している。例えば温度は季節の移行に伴う長期的な,あるいは昼夜における短期的な時間経過の中で変動している。当研究室では,植物が「いかに環境の変化を検知し適応しているのか」について,高等植物およびそのモデルであるラン藻を用い,その分子機構を遺伝子の発現調節の視点から研究している。

1.システマティック・ゲノミクスとDNAマイクロアレイ法による環境変化検知機構の解明

 全ゲノム塩基配列の決定により,ラン藻Synechocystis sp. PCC 6803には43個のヒスチジンキナーゼと40個のレスポンスレギュレーターが存在し,二成分制御系を構成していることがわかった。当研究室では,これらのヒスチジンキナーゼとレスポンスレギュレーター,さらにセリン/スレオニン・キナーゼ及びシグマ因子の遺伝子の破壊株を作成し,これらの遺伝子破壊株における全遺伝子発現の変化をDNAマイクロアレイを用いて網羅的に解析している。その結果,低温,高温,浸透圧,イオン欠乏等の検知に関与するセンサーおよび遺伝子発現制御因子の同定を行うことができ,さらにそれらの因子の解析を行っている。

 我々は低温誘導性遺伝子desB(ω3不飽和化酵素をコードする)の発現制御の研究から,低温シグナルの検知に関わる因子として,ヒスチジンキナーゼHik33を同定した。Hik33は,その一次構造から膜結合型のセンサーキナーゼであることがわかった。これは生物から発見された最初の低温センサーの例である。さらにDNAマイクロアレイを用いた解析の結果,ラン藻にはHik33の他にも第2の低温センサーが存在していることが示唆された。今後は,Hik33による温度低下検知のメカニズムを明らかにするとともに,第二の低温センサーの実体についても解明していく計画である。

 我々はまた,遺伝子破壊株の網羅的遺伝子発現解析により,Mn2+濃度変化の検知に関与する膜結合型ヒスチジンキナーゼManSおよびレスポンスレギュレーターManRを同定した。ManS欠損株およびManR欠損株おいては、Mn2+欠乏下で発現するMn2+トランスポーターの遺伝子(mntCAB)が構成的に発現するようになった。このことから,ManS-ManRの二成分制御系はmntCABの発現を負に制御することが明らかとなった(図1)。

 その他にも,リン酸欠乏センサー,塩ストレスセンサー等を同定し,その解析を行っている。

Fig. 1

図1.ManSとManRによるmntCABの発現調節機構の模式図。

ペリプラズムでMn2+を受容したManSはManRをリン酸化することで活性化し、mntCABの発現を抑制するが、Mn2+欠乏下では、ManSによるManRのリン酸化が起こらず、mntCABが発現誘導される。

2.環境ストレスによる光合成能低下のメカニズムの解明

 光合成の機構は光のエネルギーを巧みに捉え、化学的結合エネルギーに変換する。しかしながら,この光合成機構は光によって迅速に損傷を受け失活する性質を持っている。この光損傷のメカニズムは光化学系II蛋白質複合体において詳細に解析されている。しかし,光合成生物は直ちに損傷を受けた蛋白質を新規合成して光化学系II蛋白質複合体を修復し,これによって光合成活性の低下を防いでいる。

 我々は光化学系II蛋白質複合体の損傷速度および修復速度を独立して測定するシステムを開発し,両過程に対する様々な環境ストレスの効果を調べた。その結果,損傷の速度は光強度だけに依存して,他の環境ストレス条件による影響を受けないことがわかった。一方,修復の速度は,種々の環境ストレスにより著しく低下することが明らかになった。

 さらに,活性酸素にもとづく酸化ストレスが光化学系II蛋白質複合体の修復を阻害することを明らかにした。さらにこの原因が,活性酸素による蛋白質合成の阻害にあることを明らかにした。

 これらの結果は,今までの環境ストレスによる光合成活性の低下が光化学系II蛋白質複合体の損傷の促進よるとする考えを覆すものであった。

3.グリシンベタインによる植物の環境ストレス耐性能の強化

 当研究室では,グリシンベタイン(耐塩性の微生物や植物の葉緑体内に高濃度に蓄積する適合溶質)が酸素発生系の失活に対して極めて高い保護効果 をもつことを明らかにしてきた。次ぎにグリシンベタインを合成するコリンオキシダーゼの遺伝子を,本来グリシンベタインを生合成しないシロイヌナズナやイネなどの高等植物に導入し,塩耐性や高温耐性の増強した形質転換植物を作製することにも成功している。この形質転換植物は凍結ストレスに対する耐性能も,野生株に比べて著しく増大していることがわかった(図2)。これらの形質転換植物の環境耐性能獲得の分子機構の解析から,グリシンベタインは環境ストレスで損傷を受けたタンパク質の新規合成を促進し,その結果 、光合成の活性を維持することで,ストレス耐性能を賦与していることが強く示唆された。

Fig. 2

図2.コリンオキシダーゼ遺伝子の導入による凍結耐性能の増強。

野生株と形質転換株のシロイヌナズナを22℃で33日間生育した。それぞれの植物を20℃あるいは−5℃で2時間処理した後,22℃に戻して7日間生育した。

参考文献

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