《 基礎生物学研究所要覧 》

発生生物学研究系
細胞分化研究部門

DIVISION OF CELL DIFFERENTIATION


 生殖活動は全ての生物種に普遍的な生命活動であり,連綿と続く種の存続を支えてきた。その活動は視床下部-脳下垂体-性腺から構築される功妙な内分泌系によって支配されているが,この支配は単に生殖腺の分化と機能維持に留まることなく脳の性分化や性行動まで,極めて広範囲に及ぶことで動物個体の生殖活動を調節する。個体の性分化の遺伝的基盤は受精卵における性染色体の組み合わせであることは言うまでもないが,性染色体の組み合わせのもとに生殖腺の性が決定される。性分化後の生殖腺(精巣と卵巣)からは性ホルモンが産生,分泌され,その影響下に動物個体の性が決定されるのである。従って,生殖腺の性決定は多くの動物種の性分化にとって極めて重要なステップであると考えることができる。本研究部門では特に,生殖腺における「性分化の機構」を分子レベルで解明することを主要な目的として,分子生物学,発生生物学や生化学的手法を用いながら研究を行っている。

1.生殖腺の形成に必要な転写因子の発現調節と機能

 我々は生殖腺や副腎皮質の形成に不可欠な転写因子としてAd4BP/SF-1を同定してきたが,本因子以外にもDax-1,Sox-9,Wt-1,GATA4,Emx-2,Lhx9,M33などが,同様に生殖腺の形成に不可欠であることが知られている。本研究部門では主に核内レセプターファミリーに属すAd4BP/SF-1 とDax-1の発現と機能,更にこれら因子をコードする遺伝子の転写調節機構の解析を行ってきた。これらの解析から分かってきたことは,Ad4BP/SF-1は転写活性化因子として,Dax-1は抑制因子として働くことであった。更にDax-1のN-末側に存在する繰り返し配列中のLXXLLモチーフを介した相互作用がDax-1による転写抑制活性に不可欠であることが明らかになってきた。このモチーフはAd4BP/SF-1だけでなく他の核内受容体との相互作用にも関与することから,Dax-1による転写抑制活性は広範な転写調節に関与することが期待される。

 本研究で対象とする転写因子の多くは分化した生殖腺のみならず生殖腺原基にもその発現が認められることや,その遺伝子破壊マウスの生殖腺には異常が認められることなどから,生殖腺の形成過程で重要な機能を担っているものと推測される。このような観点から,転写因子としての機能を解明することが不可欠であると思われた。そこで性分化前後のマウス胎仔生殖腺から作製した cDNA ライブラリーを用い,各種転写因子と相互作用する因子を 酵母two hybrid 法で検索してきた。得られたクローンの発現分布や構造を解析したところ,生殖腺を構成する細胞種に特異的に発現するものや,発現強度に雌雄差を示すものなど,多数の興味あるクローンが得られている(次ページの図には比較的生殖腺特異的な発現を示す遺伝子の発現パターンを示す)。これらのクローンのうち,生殖腺特異的な発現を示す遺伝子については遺伝子破壊マウスを作製し,その解析を行なっているところである。一方で,得られた因子の機能の解析から更に新たな因子の同定や,Ad4BP/SF-1の翻訳後修飾を通じた転写調節の一端が明らかになりつつある。

 本研究で解析している転写因子の生殖腺における発現は特徴的な組織特異性や性依存性を示すが,このような発現を可能にする機構は生殖腺の分化,及び性分化を理解する上で重要な鍵となる。従って,そのような発現を可能にする転写調節領域とその領域に結合する転写因子の同定が現在の重要な課題である。組織特異的,かつ性依存的遺伝子発現を制御する領域の同定にはトランスジェニックマウスの作製を通じた解析が欠かせない。現在この方法を用い,160 kbに渡りAd4BP/SF-1遺伝子の転写調節領域を解析中である。既に副腎皮質における発現を可能にする領域が同定されており,その詳細な構造が明らかになりつつあるところである。

2.生殖腺の形成

 生殖腺,腎臓,副腎皮質などの組織は全て中間中胚葉に由来することが知られている。このことはこれらの組織の形成に必要な転写因子が重複していたり,これらの組織に異常が併発する遺伝性の疾患が存在することによって支持される。これまでにAd4BP/SF-1に対する抗体を用いた免疫組織染色からは,生殖腺と副腎皮質が一群の細胞集団より分離する様子を捕えることが出来た。これらの組織は副腎・生殖腺原基と呼ばれるAd4BP/SF-1陽性の細胞集団として検出されるが,その後生殖腺原基と副腎皮質原基に分離し,更に生殖腺原基からは性依存的に精巣と卵巣が分化する。この過程には,何が副腎-生殖腺原基を決定しているのか,どのような機構で副腎・生殖腺原基が生殖腺原基と副腎皮質原基に分離するのか,生殖腺の性決定過程にはどのようなメカニズムが働いているのかなどの興味ある問題が残されている。一方,同様な時期と場所でのDax-1やWt-1の発現を調べてみると,副腎-生殖腺原基を構成する細胞に既に微妙な差違が検出可能であるし,生殖腺原基を構成する細胞集団内でもマーカーとなる遺伝子発現に差異を検出することが可能である。このような差違がその後の細胞の運命を決定する要因であると推測される。従って,そのような差違を生み出すメカニズムは今後の重要な検討課題である。このような観点からポリコーム遺伝子であるM33に着目し,M33遺伝子破壊マウスの表現型を解析している。この遺伝子破壊マウスはXY個体に性転換を誘起することが知られているが,生殖腺以外にも,副腎や脾臓構造上の異常が検出される。この異常はAd4BP/SF-1遺伝子破壊マウスに見られる異常と極めて類似しており,M33とAd4BP/SF-1遺伝子の遺伝子間相互作用を強く示唆するものである。M33はクロマチンの構造を調節することで,遺伝子発現を制御していると理解されているが,Ad4BP/SF-1遺伝子がその標的遺伝子である可能性が示唆される。クロマチンの構造と転写調節の関係などを考慮しながら,生殖腺の性分化過程におけるM33遺伝子の機能を明らかにしつつあるところである。

 本研究部門では以上の研究を通じ生殖腺の分化,及び性分化の分子メカニズムを多面的に研究している。これらの研究は単に生殖腺の性分化研究にとどまることなく,個体としての性分化や,それに続く生殖活動を広く概観するためには不可欠な視点である。

参考文献

  1. Honda, S., Morohashi, K.,Nomura, M., Takayama, H., Kitajima, M., and Omura, T. (1993) Ad4BP regulatingsteroidogenic P-450 gene is a member of steroid hormone receptor superfamily. J.Biol. Chem.268,7494-7502.
  2. Hatano, O., Takayama, K.,Imai, T., Waterman, M.R., Takakusu, A.,Omura, T., and Morohashi, K. (1994) Sex-dependentExpression of a Transcription Factor, Ad4BP, Regulating Steroidogenic P-450Genes in the Gonads during Prenatal and Postnatal Rat Development. Development120, 2787-2797.
  3. Nomura, M.,Bartsch, S., Nawata, H., Omura, T., and Morohashi, K. (1995) An EBox Element is Required for the Expression of the Ad4BP Gene, a Mammalian Homologueof Ftz-f1 Gene, which is Essential for Adrenal and Gonadal Development. J. Biol. Chem.270, 7453-7461.
  4. Kawabe, K., Shikayama, T.,Tsuboi, H., Oka, S., Yanase, T., Nawata, H., and Morohashi, K. (1999) Dax-1 asone of the target genes of Ad4BP/SF-1. Mol. Endocrinol.13, 1267-1284.
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Fig. 1

図1. 胎仔生殖腺におけるFactor Xの発現

Ad4BP/SF-1などの生殖腺で発現する各種転写因子の機能調節機構を調べる目的で,これらの転写 因子と相互作用する因子を,Two-hybrid法にてスクリーニングした。多くのクローンが得られたので,これらの因子の発現を胎仔生殖腺を用いて調べたところ,各々特徴的な発現パターンを示すことが明らかになった。図に示すのはそのうちの一つ,FactorXと名付けた因子の発現パターンである。この因子の発現は,既に形成初期の胎仔生殖腺に検出される(上の写 真:胎齢11.5日の雄)。その後,胎仔生殖腺は雌雄に分化するが,雄胎仔精巣においては精巣索内部のセルトリ細胞で発現する(下の写 真:胎齢12.5日の雄)。本因子の機能は遺伝子破壊マウスの作成を通 じ,現在解析中である。


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