《 基礎生物学研究所要覧 》発生生物学研究系
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DIVISION OF CELL DIFFERENTIATION |
1.生殖腺の形成に必要な転写因子の発現調節と機能我々は生殖腺や副腎皮質の形成に不可欠な転写因子としてAd4BP/SF-1を同定してきたが,本因子以外にもDax-1,Sox-9,Wt-1,GATA4,Emx-2,Lhx9,M33などが,同様に生殖腺の形成に不可欠であることが知られている。本研究部門では主に核内レセプターファミリーに属すAd4BP/SF-1 とDax-1の発現と機能,更にこれら因子をコードする遺伝子の転写調節機構の解析を行ってきた。これらの解析から分かってきたことは,Ad4BP/SF-1は転写活性化因子として,Dax-1は抑制因子として働くことであった。更にDax-1のN-末側に存在する繰り返し配列中のLXXLLモチーフを介した相互作用がDax-1による転写抑制活性に不可欠であることが明らかになってきた。このモチーフはAd4BP/SF-1だけでなく他の核内受容体との相互作用にも関与することから,Dax-1による転写抑制活性は広範な転写調節に関与することが期待される。 本研究で対象とする転写因子の多くは分化した生殖腺のみならず生殖腺原基にもその発現が認められることや,その遺伝子破壊マウスの生殖腺には異常が認められることなどから,生殖腺の形成過程で重要な機能を担っているものと推測される。このような観点から,転写因子としての機能を解明することが不可欠であると思われた。そこで性分化前後のマウス胎仔生殖腺から作製した cDNA ライブラリーを用い,各種転写因子と相互作用する因子を 酵母two hybrid 法で検索してきた。得られたクローンの発現分布や構造を解析したところ,生殖腺を構成する細胞種に特異的に発現するものや,発現強度に雌雄差を示すものなど,多数の興味あるクローンが得られている(次ページの図には比較的生殖腺特異的な発現を示す遺伝子の発現パターンを示す)。これらのクローンのうち,生殖腺特異的な発現を示す遺伝子については遺伝子破壊マウスを作製し,その解析を行なっているところである。一方で,得られた因子の機能の解析から更に新たな因子の同定や,Ad4BP/SF-1の翻訳後修飾を通じた転写調節の一端が明らかになりつつある。 本研究で解析している転写因子の生殖腺における発現は特徴的な組織特異性や性依存性を示すが,このような発現を可能にする機構は生殖腺の分化,及び性分化を理解する上で重要な鍵となる。従って,そのような発現を可能にする転写調節領域とその領域に結合する転写因子の同定が現在の重要な課題である。組織特異的,かつ性依存的遺伝子発現を制御する領域の同定にはトランスジェニックマウスの作製を通じた解析が欠かせない。現在この方法を用い,160 kbに渡りAd4BP/SF-1遺伝子の転写調節領域を解析中である。既に副腎皮質における発現を可能にする領域が同定されており,その詳細な構造が明らかになりつつあるところである。 2.生殖腺の形成生殖腺,腎臓,副腎皮質などの組織は全て中間中胚葉に由来することが知られている。このことはこれらの組織の形成に必要な転写因子が重複していたり,これらの組織に異常が併発する遺伝性の疾患が存在することによって支持される。これまでにAd4BP/SF-1に対する抗体を用いた免疫組織染色からは,生殖腺と副腎皮質が一群の細胞集団より分離する様子を捕えることが出来た。これらの組織は副腎・生殖腺原基と呼ばれるAd4BP/SF-1陽性の細胞集団として検出されるが,その後生殖腺原基と副腎皮質原基に分離し,更に生殖腺原基からは性依存的に精巣と卵巣が分化する。この過程には,何が副腎-生殖腺原基を決定しているのか,どのような機構で副腎・生殖腺原基が生殖腺原基と副腎皮質原基に分離するのか,生殖腺の性決定過程にはどのようなメカニズムが働いているのかなどの興味ある問題が残されている。一方,同様な時期と場所でのDax-1やWt-1の発現を調べてみると,副腎-生殖腺原基を構成する細胞に既に微妙な差違が検出可能であるし,生殖腺原基を構成する細胞集団内でもマーカーとなる遺伝子発現に差異を検出することが可能である。このような差違がその後の細胞の運命を決定する要因であると推測される。従って,そのような差違を生み出すメカニズムは今後の重要な検討課題である。このような観点からポリコーム遺伝子であるM33に着目し,M33遺伝子破壊マウスの表現型を解析している。この遺伝子破壊マウスはXY個体に性転換を誘起することが知られているが,生殖腺以外にも,副腎や脾臓構造上の異常が検出される。この異常はAd4BP/SF-1遺伝子破壊マウスに見られる異常と極めて類似しており,M33とAd4BP/SF-1遺伝子の遺伝子間相互作用を強く示唆するものである。M33はクロマチンの構造を調節することで,遺伝子発現を制御していると理解されているが,Ad4BP/SF-1遺伝子がその標的遺伝子である可能性が示唆される。クロマチンの構造と転写調節の関係などを考慮しながら,生殖腺の性分化過程におけるM33遺伝子の機能を明らかにしつつあるところである。 本研究部門では以上の研究を通じ生殖腺の分化,及び性分化の分子メカニズムを多面的に研究している。これらの研究は単に生殖腺の性分化研究にとどまることなく,個体としての性分化や,それに続く生殖活動を広く概観するためには不可欠な視点である。 参考文献
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