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哺乳類新皮質の比較分子神経解剖学:
遺伝子発現から領野、層の何が分かるか?


Akiya Watakabe
Comparative molecular neuroanatomy of mammalian neocortex: what can gene expression tell us about areas and layers?
Dev Growth Differ. 2009 Apr;51(3):343-54. [PubMed] [Journal website] [Author draft]

ミステリー好きなら名探偵ポワロの口癖、「灰色の脳細胞」というフレーズを聞いたことがあるかもしれない。このフレーズには一応根拠がある。ヒトの脳の外側に見える灰色の脳組織は新皮質と呼ばれ、「推理」、「思考」などの高次脳機能を担う実体なのである。しかし新皮質は、推理・思考専用の組織でもなければ、ヒトに特有の組織でもない。鳥類や、爬虫類には相同の組織は見あたらないが、哺乳類ならすべて新皮質を持っていて、感覚情報処理から運動計画、実行までさまざまな機能を果たしている。

今からおよそ100年前、ドイツの神経解剖学者ブロードマンは、50種類以上の哺乳類の脳の新皮質を詳しく調べ、その結果「新皮質はどの種でも共通の6層構造を持つ」という説を提唱した。その一方でブロードマンは、種間や、皮質の異なる機能領域の間に存在するさまざまな構造上の違いも報告している。つまり新皮質は、特徴的な基本構造を保持する保守性とともに、必要に応じてさまざまに分化する可変性も備え持った脳組織だと言える。

ブロードマンの時代から100年。私たちは、皮質の機能と構造について多くのことを学んだ。しかし新しい技術が開発されるたびに、新しい知識が生まれ、まだまだ分かっていないことが山のようにあることを思い知らされる。この総説では、層特異的遺伝子に関する最近の知見について、私たちの研究を中心に紹介した。ここでもやはり分かったことよりも、新しく生じた疑問の方が多い。皮質の基本構造とは何なのか?層構造の持つ意味は?皮質各層を形成する細胞タイプとはどんなものか?層特異的遺伝子の解析は、これらの疑問を解く鍵を与えてくれるとともに多くの疑問、課題を生み出した。この総説では、こういった「分からないこと」にも焦点をあて、皮質の遺伝子発現が意味することを考察したい。

(内容目次)
* イントロダクション
* 研究手法について
* 層特異的遺伝子の発現比較解析
   5層のマーカーについて(ER81など)
   6層のマーカーについて(Nurr1, Latexin, CTGF)
   セマフォリン3EとプレキシンD1
* 生まれる疑問:錐体細胞タイプの「アイデンティティ」とは何か?
   層特異性はそれほど厳密には種間で保存されていない
   層特異的遺伝子発現と投射タイプの間の不一致について
   ホモロジー、遺伝子発現、投射タイプに関する考察
* これからの研究の方向:錐体細胞の多様性について何を知るべきか?




(図1)サルとネズミの層特異的遺伝子発現 (in situ hybridization)

RORbeta, ER81, Nurr1, CTGFの各遺伝子は、マウス、サルで4, 5, 6a, 6b層中心に発現する。この発現分布は、それぞれの遺伝子を発現するニューロンの性質が種を超えて保存されていることを示唆する。ただし、よく観察するとさまざまな種・領野間の違いがあることも分かる。例えば、ER81はマウスではほぼ5層に限局しているが、サルでは5,6層の両方で発現する。



(図2)Nurr1遺伝子の発現パターンの種間の共通性と違い

Nurr1とCTGF遺伝子は、6層ニューロンのサブタイプに発現する。サルでもネズミでもNurr1陽性、CTGF陰性のニューロンは6a層に分布し、Nurr1、CTGF共陽性のニューロンは6b層に分布する。ただし、Nurrr1陽性CTGF陰性ニューロンは、ネズミでは側頭部位にしか存在しないが、サルでは全領野に存在する。Nurr1遺伝子の発現は皮質間結合と相関が高いことを考えると、その種差は皮質間結合の本質的な種差を現しているのかも知れない。

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