基礎生物学研究所
生命現象の定量的な理解にむけて
私たちの研究室の3つのテーマとそれらのキーワードや図を示している。研究室のメンバーはこれらの交わったところで研究テーマを決める。
細胞は、増殖因子やストレスなど細胞外からの入力情報を感知し、環境の変化に適応するように細胞機能を発現することで細胞や組織、個体としての恒常性を維持している。私たちは、細胞がどのようにして細胞外から情報を取得し、細胞機能を発揮するのかということを定量的に理解したいと考えている。培養細胞や分裂酵母、線虫などを材料に、細胞周期や細胞死といった生命機能とそれ関わる情報処理機構を明らかにすることを目指す。そのために、蛍光イメージング、光遺伝学などの最新技術を積極的に取り込み、必要に応じて開発も行う。これらを通じて、生命科学を定量的に理解する「定量生物学」の創成を目指す。
細胞は生命の基本ユニットである。細胞は、環境や内的な状態の変化に応答し、適切に細胞機能を発揮することで細胞や組織、個体としての恒常性を維持する。細胞は、外界の入力情報を感知・処理し、細胞機能を出力するためのシステムを有しており、その実体は、「細胞内情報伝達系」と呼ばれる物理化学的な反応のネットワークだと考えられている。分子生物学や細胞生物学の発展、ゲノムの解読などが進み、このネットワークの全貌が明らかにされつつある。しかしながら、細胞がどうやって揺らいでいる環境から適切に情報を取り出すのか、細胞はどれくらいのリガンドの情報(種類や濃度、組み合わせなど)を認識することができるのか、細胞の運命(細胞分裂や分化、細胞死など)はいつどのようにして決定するのか、細胞のもつ物理的な制約(粘性や硬さ、力など)が細胞機能にどのような影響を及ぼすのか、といったことには十分に答えられていない。そこで、私達は、培養細胞や分裂酵母、線虫などを用いて、細胞機能の創発に関わる細胞内情報伝達系の動作原理を定量的に明らかにすることを目指している。
細胞の増殖や分裂、分化、細胞死といった生命にとって必須の細胞機能は、多くの場合に不可逆的であり、ある時点(point of no return)を超えると元の状態に戻ることができなくなる。このpoint of no returnがいつ、どのような分子によって決定されるのかを明らかにしたい。分裂酵母と培養細胞を用いた細胞周期の解析や分裂酵母の胞子形成・発芽機構の解明を進めている。
図1. 分裂酵母における細胞周期関連因子の可視化
Cyclin-dependent kinase (CDK) 活性をFRETバイオセンサーで(上段)、同時に内在性のCyclinをmScarlet-Iで(下段)可視化した。上段は寒色が低活性、暖色が高活性を示している。
生命の情報処理機構として細胞内情報伝達系、とくにEGF-Ras-ERK経路やGPCR経路などに着目して研究を進めている。また悪性腫瘍のような疾患では、情報伝達分子に変異が入ることでシステムが破綻していることが分かっており、こういった疾患の制御についても考えたい。培養細胞を用いたGPCR経路の動的符号化や情報伝達系のネットワークにしばしば観察されるBow-tie(蝶ネクタイ)構造の進化的な意義について解析を進めている。
生命現象の定量的な理解を目指すうえで、新しい技術の開発やその応用は重要である。とくに、生細胞内で情報伝達反応を可視化するためのバイオセンサーの開発と、情報伝達系や細胞機能を操作するための光遺伝学ツールの開発に注力している。現在、細胞周期関連因子の可視化プローブ開発や細胞外リガンドの可視化プローブ開発、細胞周期チェックポイントの光操作ツール開発や細胞内液滴の光操作ツールの開発を行っている。
図2. 光による細胞内のアクトミオシン収縮力の操作
A. OptoMYPTシステムの概略図。B. アフリカツメガエルの初期胚にOptoMYPTを導入し青色光照射すると、上皮細胞の辺にかかる力が減少し、細胞辺がたるんだ構造になる。
青木 一洋 教授 E-mail: k-aoki@nibb.ac.jp