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視覚と聴覚の統合に関与する脳領域


Junya Hirokawa, Miquel Bosch, Shuzo Sakata, Yoshio Sakurai and Tetsuo Yamamori
Functional role of the secondary visual cortex in multisensory facilitation in rats.
Neuroscience. 2008 Jun 2;153(4):1402-17. [PubMed]

我々動物にとって、外界の出来事(捕食動物や餌動物の接近など)を素早く正確に察知しそれに対して適切な行動を起こすことは生存に不可欠な能力である。動物の脳は複数の感覚チャネルからの情報を統合することによって、より素早く正確な運動を可能にしている(multisensory facilitation)。我々は脳のどこで視覚と聴覚情報が統合され、どのようにして素早い運動が可能になるのか、その神経機構の解明を目的としている。

ラットに視覚、聴覚、視聴覚の三種類の刺激をランダムに提示しそれらの刺激に対する反応速度を調べた(図1)。その結果、ヒトや他の動物でも見られるように、ラットにおいても視聴覚刺激に対する反応は視覚や聴覚単独刺激に対する反応よりも早いことがわかった(Sakata et al., 2004, [PubMed])。これは脳の中で視覚と聴覚情報が相互作用している結果であると考えられる。


それでは脳のどこでそのような相互作用が起きているのだろうか?この疑問に答えるためにc-Fosマッピングを行った。c-Fosマッピングは、行動課題を行った動物の脳をc-Fos抗体(c-Fosは神経活動依存的に発現が誘導される遺伝子)を用いて染色することによってある一定期間の脳活動の総和を可視化する方法である(例えばSakata et al., 2002, [PubMed])。この方法の利点は、特定の行動課題を行った動物の脳活動を細胞レベルの解像度で脳の広い範囲で調べることができる点にある。しかし、多数の動物の脳で広い範囲の脳部位のc-Fosの発現パターンを定量的に比較することは技術的に困難であった。そのため、画像処理によって個々の動物の大脳皮質切片の画像を特定の形に標準化する方法を提案した。これによって、異なる個体間で大脳皮質におけるc-Fos発現の空間的パターンを定量的に比較することが可能になった。

c-Fosマッピングを行うため、2つの異なる課題を行わせた動物群を用意した。テスト課題群では、視覚と聴覚の同時刺激がラットの左または右から提示された。ラットは左または右にある穴に鼻をいれることによって、刺激が提示された方向を弁別することが要求された。一方、コントロール課題群では、視覚と聴覚刺激の提示タイミングを200ミリ秒ずらした刺激が使われた。テスト課題群のラットは、視聴覚刺激に対して視覚や聴覚単独刺激の時よりも素早く反応することができたが、コントロール課題群では、視聴覚刺激のタイミングがずれているためラットは先行する刺激(聴覚または視覚)に反応してしまい、反応時間は視覚や聴覚単独刺激と同じ程度であった。つまりテスト課題群のラットのみmultisensory facilitationを示した。両課題群は刺激のタイミング以外の条件は同一であるため、両課題群のラットの脳活動の差はmultisensory facilitationの有無に相関するはずである。このような行動課題を約1時間(300試行)行ったラットの脳切片をc-Fos抗体で抗体染色し、上記の大脳皮質標準化画像解析によって解析した。その結果、第二次視覚野外内側(V2LM)にc-Fosの発現量が統計的に有意に異なる領域が観察された(図2)。この結果は、V2LMが視聴覚統合およびmultisensory facilitationに関わることを示している。


それではV2LMの活動はどのようにmultisensory facilitationに貢献しているのだろうか?これを調べるため、GABA受容体のアゴニストであるムシモールをV2Lに局所的に投与し、その脳活動を一時的に抑制した上でmultisensory facilitationが見られるかどうかを行動学的に調べた。行動のテストには、視覚、聴覚、視聴覚刺激の三種類がランダムに提示される課題を用いた。対照として生食を投与された動物では視覚や聴覚単独刺激よりも視聴覚刺激に対する反応が速かった(multisensory facilitation)。しかし、ムシモールをV2Lに投与したラット群ではmultisensory facilitationの程度が有意に減少した(図3)。このような特異的なmultisensory facilitationの低下は一次感覚野の抑制では見られなかった。さらに、V2Lの活動は単感覚刺激の刺激強度の相対的な増加によってもたらされる反応速度の亢進には必要なかった。このことから、V2Lは異なる種類の感覚の統合に必須な役割を果たしていることが示された。


大脳皮質のV2LMは第二次視覚野であり、これまで視覚の情報処理に関わることがわかっていたが、視聴覚情報の処理にも必須であることが本研究によって始めて明らかになった。V2LMは連合性の視床核であるLPからの投射があることから、V2LMはLPからの聴覚情報(もしくは視聴覚情報)、V1からの視覚情報をフィードフォワード的に4層で統合している可能性がある。統合された情報はV2LMの深層を経由し上丘深層を活性化させることによって運動開始を促進させる可能性がある。今後、上丘ニューロンの神経活動と感覚入力や運動出力の相関を調べることによって、視聴覚統合によって引き起こされる反応速度促進のメカニズムを知ることができるだろう。

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