HOME研究内容>大脳皮質領野特異的に発現する遺伝子(3/4)

大脳皮質領野特異的に発現する遺伝子


3.私達の研究アプローチ


大脳皮質領野特異的発現遺伝子の探索

 前章で述べたように私達は、大脳皮質領野の決定とその機能形成機構解明の為には大脳皮質領野特異的なマーカーを得る事が極めて有効と考えて、そうしたマーカーの探索を開始しました。材料の得易さや扱い易さではマウスが優ります。しかし、領野が顕著に発達しているという点では霊長類の脳を対象とすることがどうしても必要ですので、霊長類の代表的領野(視覚野、運動野、前頭葉、側頭葉等)からRNAを分離し、先ず、Differential Display法によってそれぞれの領野に特異的に発現している遺伝子を解析しました。Differential Display 法やマクロアレイ法で調べた限り、領野特異的に発現する遺伝子は極めて限られており、私たちの推定では大脳皮質で発現している遺伝子のうち、4倍以上の差が上記の4領野間であるものは全体の0.1%以下では無いかと思われます(Watakabe et al., Mol. Brain Res., 88, 74-82, 2001)。従って、ヒトシークエンスからの全遺伝子数の推定から、この方法で検出できる領野間全体で4倍以上の顕著な差があるものは、20個程度以下ではないかと推測しています。私達の他の方法で得た推定もこうした考えを支持しています。


領野特異的発現遺伝子の解析

 げっ歯類を用いた研究から、大脳皮質部域特異性を示す遺伝子が幾つか報告されています。その代表的なものには、有松等によるLatexin、Levitt 等によるLAMP、竹市等によるCadherinがあり、最近ではこれら以外にも、更に多くの部域特異性を示す遺伝子が分離され、報告されています。しかし、げっ歯類においてこれまでに報告されたすべての遺伝子は、厳密には機能的領野と対応していません。

 私達は、大脳皮質の良く発達した霊長類の各領野間に於ける遺伝子発現の変化を調べることによって大脳皮質領野の形成と機能に関する重要な情報を得ることができるものと考え、Differntial Display法を用いて、視覚野、連合野、運動野にそれぞれ特異的な発現パターンを示す3つの遺伝子を見い出しました。


霊長類の視覚野特異的に発現する遺伝子

  occ1遺伝子は、第一次視覚野(17野)特異的な顕著な発現パターンを示します(下図参照)。二次視覚野(18野)でも或程度の発現を示すものの、その程度は1/10程度に低下しさらにanterior(前部)に移行するにつれて殆ど見られ更に低下します。このように大脳皮質の領野に明瞭に対応する発現パターンを示す遺伝子は、おそらくこれが最初の報告ではないかと考えられます。


occ1遺伝子の視覚野特異的発現パターン。青く染まっているのがin situ hybridizationによる発色パターン。右下挿入図は、片眼からの入力を数日間遮蔽したもとでの視覚野眼優位性カラムに於けるocc1の発現パターンを示す。Tochitani et al. Eur. J. Neuroscie., 13, 297-307, 2001より引用)。


  驚いたことにこの遺伝子(occ1)は、単眼からの入力を遮蔽した条件のもとでは、第一次視覚野にいわゆる眼優位性カラム(ocular dominance column)と対応した発現パターンを示し、その発現が神経活動依存性に制御されていることが解りました(上図右下)。しかし一方で、新生児でも弱いながら視覚野特異的な発現パターンが明瞭に形成されていることから、occ1は、c-foszif-268等の最初期遺伝子とは異なる新しいタイプの調節様式に従うことが予想されます。更に、生後発達に伴って、眼からの入力を視床(外側膝状体:LGN)を中継して受ける一次視覚野の層にこの遺伝子の発現が顕著に増加することが判りました。従ってこの遺伝子の発現には、視床(外側膝状体:LGN)からの入力による決定と、プログラムされた領野決定という上記2つの決定様式が並立して存在する可能性が示唆されます。

  occ1は2次視覚野(V2)では3層下層と4層に発現が見られますが、腹部側頭葉に移行するに従ってその発現量は急速に低下します。興味深いことに霊長類以外の哺乳類では、occ1遺伝子の視覚野特異的な発現は観察されません(高畑等2004北米神経科学大会)。従ってocc1は、大脳皮質の視覚野がどのように発生と進化的制御を受けているのかを明らかにする上で大変有効なマーカーであると考え、解析を進めています。更にRLCS法によって、occ1と基本的に良く似た発現パターンを示す遺伝子を見い出して解析しています。今後、これらの遺伝子の発現制御様式を解明することによって、霊長類視覚野の形成と進化機構を分子レベルで明かにしたいと考えています。


運動野特異的に発現する遺伝子

  小松等は、下図に示すように一次感覚野に於いては発現が殆ど見られず、逆に二次感覚野の高次領野における発現が高い遺伝子RBP(retinol- binding protein) を見い出しました (Komatsu et al., Cereb Cortex. 15, 96-108、2005)。RBP遺伝子の発現は上記occ1遺伝子と相補的な発現パターンを示し、大脳皮質連合野形成の一つの典型的パターンを反映しているように思われます。Rbpはレチノールと結合することにより細胞内にレチノールを運搬し、レチノールはそこでレチノイン酸 (RA)に代謝されます。RAは、その受容体と結合しHox遺伝子等の転写活性を促進する強力なモルフォゲンの一つであることは良く知られています。しかしこれまで、成熟した個体の大脳皮質における役割は知られていませんでした。これは、RAが低分子で拡散性が強い為、脳に於ける分布様式を正確に知る事が難しかった事によります。

  今回、私達がRAの前駆体であるレチノールの結合タンパク質Rbpが霊長類の大脳皮質連合野特異的に発現することを示したことにより、連合野の特に興奮性細胞の機能や維持にRAが重要な役割を果たしている可能性が示されました(下図参照)。現在、更に、RLCS法により3個の連合野特異的に発現すると考えられる遺伝子を見い出して解析を始めています。こうした遺伝子の発現パターンや機能を比較検討することによって、これまで分子レベルの研究という点では未知であった連合野(高次機能に重要な役割を果す)の解析の突破口になり得るのではないかと考えて研究を行っています。


(RBPocc1の発現パターンの比較、Komatsu et al., Cereb Cortex. 15, 96-108、2005より)


連合野特異的に発現する遺伝子

  渡我部等は、運動野特異的に発現するGDF-7遺伝子を見い出し報告しました。この遺伝子は、TGF-bファミリーの一員です。TGF-bファミリーは、細胞の分化や形態形成に重要な役割を果たすことが知られているので、この発現パターンが運動野の何らかの機能と関与している可能性があります(Watakabe et al., J. Neurochem., 76, 1455-14、2001)。


RLCS法による解析

  Didderential Display法に引き続いて、RLCS (Restriction Landmark cDNA Scanning)法により、網羅的な領野特異的発現遺伝子の探索の結果、occ1GDF7以外にも新たに十数個の遺伝子を同定しました。私達は、領野特異に発現する遺伝子のおそらくかなりのものを既に把握しているものと考えており、これらの遺伝子の解析を進めることによって、上述した大脳皮質領野形成の基本問題解明に迫ることができるのではないかと考えています。


previous next