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研究概要

性決定分化の分子細胞学的機構の解明
卵巣分化、卵形成と生殖幹細胞
生殖細胞の分化と生殖腺が形成されるまで
生殖細胞の分化と生殖腺の形成

性決定分化の分子細胞学的機構の解明
- 生き物とって雌雄は決まることより、雌雄のどちらかになれることが重要である-

「どのように性決定分化が制御されているのか?
どうして性転換するのか?我々は未だ謎に満ちた性分化の分子メカニズムをモデル脊椎動物メダカを使って調べてきました。そして、性分化機構には性転換を引き起こす仕組みが隠れていることを見いだしてきました。雄をもたらす機構と雌となる機構の綱引きが存在し、生殖幹細胞の制御と密接に関連していることが明らかにしてきました。しかしまだまだその詳細は不明です。内分泌制御との関係、性のエピゲネティックな制御など、さまざまな生殖現象との関連で判らないことは沢山あります。生物の「生の現象」を見据えた分子細胞的研究に興味があったら、遠慮なく研究室までご連絡下さい。」

(1) 通常の生殖腺の性分化

 メダカはY染色体の性決定遺伝子があると雄になる遺伝的に性が決まる動物で、通常は性転換しない。生殖腺原基が形成された直後、性決定遺伝子はメダカの雄の生殖腺体細胞で発現する(受精後5日)。その結果、雌生殖腺は雄より大きくなり、雌で卵形成が見られるようになる。これが形態的な最初の性分化現象である(受精後7-8日)。この過程を、生きたまま生殖細胞を可視化して調べると、雄と雌では生殖細胞の分裂の仕方が異なることが明らかとなった(Saito et al., Dev. Biol. 2007)。すなわち性分化初期では、体細胞からの性のシグナルを受けて、生殖細胞の分裂様式が制御されていることが判る(図1)。

(2) 生殖細胞がないと雄へと性転換する。

 それでは雌で増える生殖細胞は性分化に関与しないのだろうか?体細胞からの性の制御を一方的に受けて、卵あるいは精子になるだけなのだろうか?生殖細胞がないメダカを作製してみると、たとえY染色体を持たないでも身体全体が雄化することが明らかとなった(図2:Kurokawa et al., PNAS 2007)。これは1960年頃からのマウスを用いて得られた研究結果を覆すものであった。生殖細胞がないと、遺伝子発現も、性ステロイドを産生する内分泌細胞も、身体全体の性ホルモンもすべて雄化する。このことは、
(i)生殖細胞は生殖腺の雌化に重要であり(canalization towards feminization)、
(ii)生殖細胞がない生殖腺は自律的に雄化する(predisposition towards masculinization)機構が存在することを示している(Kurokawa et al., PNAS 2007)。エストロゲンを産生する雌の内分泌細胞の分化も、性染色体ではなく、生殖細胞に依存していることが明らかとなった(Nakamura et al., Dev. Dyn. 2009)。

 図3緑が雌生殖腺に現れたエストロゲン産生細胞(莢膜前駆細胞)

(3) 雌への性転換も生殖細胞を介する。

 さらに、XY染色体を持ちながら雌となるメダカ性転換突然変異体(hotei)を調べてみた(図4)。このメダカでは生殖細胞が異常に増殖していた。そこで、hoteiで生殖細胞をなくす実験を行なってみると、雌への性転換が見られなくなった。このことから、雌への性転換も、染色体の性とは無関係に、生殖細胞を介することが判る(Morinaga et al., PNAS 2007)。


(4) 幹細胞制御を介した性分化機構

 さらにおもしろいことに、このhotei突然変異体の原因遺伝子はTGFbetaファミリーのひとつ、哺乳類の抗ミュラー管阻害因子(AMH/MIS)のtypeII受容体に変異があることが明らかとなり、この因子は生殖細胞増殖制御という脊椎動物に共通の機能を担っていることが明らかとなった(Morinaga et al., 2007 PNAS)。一方我々は、脊椎動物の卵巣で始めて卵を作り続ける生殖幹細胞の同定に成功した(下記,「卵巣分化、卵形成と生殖細胞」参照)(Nakamura et al., Science 2012)。さらなる解析によって、この抗ミュラー管阻害因子(AMH/MIS)は生殖幹細胞の増殖を制御していることが明らかとなり、この幹細胞制御が性分化と密接に関連していることが明らかとなった(Nakamura et al., Development 2012)。

(5)性分化や性転換を引き起こす能力を持つ生殖細胞

 以上の結果は、通常は性染色体で決まり決して性転換することのないメダカが、生殖細胞の状態を変化させると完全にその性を転換してしまうことを示している。性は昔からある種のバランスであると言われてきた。それは生き物にとって雄や雌に決定されてしまうことより、雄雌のいずれかになりうることが、より重要であることを言い表している。一連の研究は、そのバランスの仕組みを細胞レベルで初めて明らかにしており、そこに生殖細胞が重要な役割を果たしていることが見えてきた。メダカの性が決定し分化する過程では生殖細胞と体細胞と間で雌化と雄化との駆け引きがあることが伺われ、抗ミュラー管阻害因子(AMH/MIS)はその駆け引きを幹細胞を通じて制御していると考えられる(図5)。

(6)性決定の多様性の根底にあるもの (総説:Tanaka et al., WIREs Dev Biol 2013, Saito et al., Sex Dev. 2009, Tanaka et al., DGD 2008)

 近年、さまざまな動物で性決定遺伝子が同定され、それらはすべて違っていることが明らかとなってきた。哺乳類 sox9 は雄化に重要な遺伝子として有名であるが、メダカオーソログsox9bは雄化には関与しない。むしろ生殖細胞が維持されなくなり、sox9b変異体メダカでは哺乳類とは逆に雄化してしまう(Nakamura et al., PLoS One 2012)。ここでも生殖細胞と体細胞との間の性の綱引きが見える。このバランスを生物が自らの生殖戦略に合わせてかえることができれば、最も繁殖に適したように性を転換できることになる。
 実際、代表的なモデル脊椎動物であるゼブラフィッシュは、最初全てが卵巣様構造を形成する。しかしその中でも、生殖細胞の多い卵巣様組織は卵巣へと確立し、生殖細胞の少ない卵巣様組織では生殖細胞がひとたびなくなり、次に雄化する。メダカの通常の性分化過程では、雌では生殖細胞が増殖するが、雄ではしない。
 マウスでも、成体卵巣で生殖細胞がなくなると精巣様構造ができ、雄特異的遺伝子が発現する。このことは哺乳類でも、生殖細胞と生殖腺体細胞との間で性のバランスを保つ機構があることを暗示する。

卵巣分化、卵形成と生殖幹細胞

(1)卵巣に見られる精巣様構造

哺乳類のSox9 遺伝子は雄の生殖腺だけに発現し、、生殖腺原基から精巣への性分化に不可欠な遺伝子である。ところが、メダカではその相同遺伝子(sox9b) が卵巣でも発現していることが明らかとなった。メダカ卵巣横断面は、大きく2つの区画、ストローマ(間質)と卵巣腔分けられ、胚上皮層(germinal epithelium)と呼ばれる多層の組織がその境界を作っている(図1)。
メダカ卵巣の横断面図
Sox9b を発現している細胞は、胚上皮層であたかも精巣のチューブ構造のようなネットワークを形成していることが明らかとなり、この構造を「卵巣索(ovarian cord)」と名付けた(図2)。また、この卵巣索のあちこちに生殖細胞が集合塊を形成しており、その場所を「germinal cradle」と名付けた。
卵巣胚上皮にあるネットワーク構造の卵巣索(緑)。

(2)卵巣に存在する生殖幹細胞

一方、nanos 遺伝子群の体系的発現解析から、nanos2 が未分化型の細胞に発現 する傾向があることが明らかとなっていた(Aoki et al., Zool. Sci.2009)。そこでnanos2 発現を詳しく見たところ、germinal cradle の生殖細胞にのみ発現が確認された。
 さらに、このnanos2 発現生殖細胞の子孫細胞をクローン解析したところ、すべての卵と卵に分化中の生殖細胞がこのnanos2 発現細胞由来であり、しかも次世代のメダカもnanos2 発現細胞由来であることが明らかとなった。このことは、このgerminal cradle 内のnanos2 発現細胞に生殖幹細胞が存在していることを示している。  多くの組織で幹細胞が見いだされているが、脊椎動物の卵巣での生殖幹細胞の発見は初めてである。哺乳類では、出生後の卵巣にはすでに卵のプールがありそこから卵が供給されるとされているが、メダカ成熟卵巣では、卵は「新たに作り出されて(neo-oogenesis)」おり、動物における卵産生の新たな仕組みが明らかとなった(以上、Nakamura et al., Science 2010)。

(3)卵形成過程

生殖細胞が少なくなるメダカ変異体zenzaiを用いて、卵巣分化期の生殖細胞の挙動を調べると、sox9b 発現細胞に完全に取り囲まれた単独型の生殖細胞は、生殖細胞維持の分裂(typeI 分裂)を行ない、その後一部が、シスト型の連続分裂(typeII分裂)に移行して、配偶子形成(卵形成)にコミットすることが判明した(Saito et al., Dev.Biol. 2007; 上記「生殖細胞と性分化・性転換との関係」の項の「 通常の生殖腺の性分化」参照)。
 成体卵巣のgerminal cradle 内でも nanos2 を発現する生殖幹細胞は、sox9b 発現細胞に完全に取り囲まれた単独型の生殖細胞(Gs タイプ)として存在しており、そこから3?5回のシスト分裂(Gcysタイプ)を行なって、減数分裂に入り、複糸期卵母細胞(Gdipタイプ)に至る。この過程は、胚上皮中のgerminal cradleで進行するが、この後、ディプロテン卵母細胞はろ胞を形成しつつ、胚上皮から間質(ストローマ)側へと移動、そこでろ胞を形成した卵は、卵成長と卵成熟を行なう(図3)(Nakamura et al., Science 2010)。Germinal Cradle 「生殖細胞のゆりかご」内での卵形成のプロセス。

(4)卵形成共通のプロセスと構造

成体のメダカ卵巣では、生殖幹細胞から複糸期卵母細胞までの卵形成過程はgerminal cradleというひとつの組織構造単位の中で進行することを示している。興味深いことに、この過程はショウジョウバエ卵巣でも同じで、 Germarium という組織学的構造体中で進行する(図4)。
ショウジョウバエ卵巣Germarium での卵形成過程

生殖細胞の分化と生殖腺が形成されるまで

 生殖腺形成が形成されるには、大きく2つの細胞系列、生殖細胞系列(将来の卵や精子:primordial germ cells)と体細胞系列(生殖腺中胚葉: gonadal mesoderm)が関わる (図1)。この生殖腺中胚葉は、我々の研究結果、脊椎動物では初めて、側板中胚葉 (lateral plate mesoderm)のもっとも後端部に位置する生殖腺形成場(gonadal field)と呼ぶことのできる領域から出現してくることが明らかとなった(もっと詳しく2; Nakamura et al., Dev.Biol. 2006)。一方、生殖細胞系列は生殖腺中胚葉とは独立に幾つかの分化段階を経て現れ、胚体外を移動して生殖腺中胚葉が形成される領域に入り込む (生殖細胞ムービー) (もっと詳しく3)。この2つの細胞系列が出会って初めて未分化生殖腺が形成される。

生殖細胞の分化と生殖腺の形成

  生殖腺が形成されるには、大きく2つの細胞系列、生殖細胞系列(将来の卵や精子)と体細胞系列(生殖腺体細胞: gonadal somatic cells)が関わる (図1)。このうち生殖腺体細胞は、生殖腺が形成される前の体節形成中期(受精後3-4日)に前駆細胞として出現する。これら前駆細胞は、側板中胚葉 (lateral plate mesoderm)のもっとも後端部に位置する生殖腺形成場(gonadal field)と呼ぶことのできる領域の細胞から分化してくることが明らかとなった(もっと詳しく2)。一方の生殖細胞系列は、生殖腺体細胞が出現するはるか以前の原腸胚期(受精後1-2日)に始原生殖細胞(primordial germ cells)として出現し、さらなるを分化しつつ胚を移動して生殖腺形成場へと向かう (生殖細胞ムービー) (もっと詳しく4)。
  この2つの細胞系列が受精後4日ごろに生殖腺形成場付近で出会い、さらに後腸背側へと移動して生殖腺原基(gonadal primordium /indifferent gonad)を形成する(もっと詳しく2)。この生殖腺原基形成直後に体細胞側で性決定遺伝子が働き、生殖腺原基の性的二型が現れ、最終的に卵巣もしくは精巣を形成する。
  メダカ生殖腺の初期性分化期には生殖細胞の分裂様式が雌雄で異なる。このことは体細胞側の性によって生殖細胞が制御されていることを意味する。その結果、孵化前後(受精後8日ごろ)までに雌で生殖細胞が増えて大きくなり、減数分裂した生殖細胞と卵ろ胞が見られるようになる。さらに、エストロゲンを産生するアロマターゼ発現細胞も、生殖細胞依存的に分化する(もっと詳しく3)。一方、雄生殖腺は、孵化後数週間、形態的に生殖腺原基と変わらず、明らかな精巣分化は進行しない。

もっと詳しく2
 図2のA,B は発生中のメダカを背側から見た模式図である。中軸には体節を伴った胚体が発達し、その両側にsdf1b の遺伝子発現(青色)で示される側板中胚葉が存在する。生殖細胞(緑色)はこの時期、側板中胚葉に散らばっている(図2A)。
 レーザーを用いた細胞除去実験や生殖細胞を可視化してその動態を調べた実験、さらにはin situ hybridizationによる遺伝子発現領域の確認により、sdf1b 遺伝子発現が後端部への限局するにつれて、生殖細胞はオレンジで示した生殖腺形成場へと向かうことが判明した(図2B)。一方の生殖腺形成場では、異なる2種類の生殖腺体細胞が出現し、そのうちのftz-f1(哺乳類のSF1/Ad4BP 相当遺伝子)を発現している体細胞(図2B-Dのオレンジの2番:図2Cは胚体を横から眺めた図で左が頭部)が生殖細胞と接触するようになる。この後、2種類の体細胞は生殖細胞と共に後腸背側へと移動し、生殖腺原基を形成する(図2D: 図2Cの横断面)。 これらの結果は側板中胚葉後端が、生殖腺体細胞が出現する場であり、かつ、生殖細胞が移動するに必要な遺伝子産物を発現し続けて生殖細胞を引き寄せ、その両者をアレンジして生殖腺を形成させる重要な場であることを示している(以上、Nakamura et al., Dev.Biol. 2006)。

もっと詳しく3
 生殖腺原基が形成されるとき、胚体中央のひとつの組織の塊として認められ、その中で生殖細胞は「もっと詳しく2」の図2B-Dの1番で示されたsox9bを発現している生殖腺体細胞に取り囲まれている。生殖細胞を直接取り囲む体細胞は支持細胞と呼ばれ、性分化した卵巣ではfoxl2を発現する顆粒膜細胞、精巣ではdmrt1を発現するセルトリ細胞に分化する。すなわちこの時期のsox9b発現細胞は雌雄共通の支持細胞の前駆細胞と言える(Nakamura et al., Mol.Rep. Dev. 2009)。
 その後、生殖腺原基の前後軸に沿った中央部に比較的扁平な細胞が出現し、受精後7日頃までにはメダカは左右に分離した1対の生殖腺を持つようになる。
 雌生殖腺では孵化後5日までに、エストロゲンを産生に必須のアロマターゼを発現する雌特異的内分泌細胞が生殖腺腹側上皮近くに出現、これが卵胞形成と共に卵胞の外層を取り囲むようになる。アロマターゼ発現をモニターできるトランスジェニックメダカの解析により、この性分化初期の雌特異的アロマターゼ発現細胞は、卵胞の莢膜細胞の前駆細胞であることが明らかとなった(文献)。
 卵巣、精巣は、発達と共に最終的に左右の生殖腺は外見上融合し、メダカ成体は最終的に1つの成熟生殖腺(卵巣か精巣)をもつ。

もっと詳しく4
 メダカの生殖細胞系列は原腸胚初期からnanos3遺伝子を発現している細胞として識別される。比較的深部に現れたこの細胞は、覆いかぶせ運動(epiboly movement)と共に周辺領域(marginal region)まで移動する(図3:運動I)。この運動はCXCR4 依存的で能動的な運動である。
 
次に他の体細胞の収斂運動とともに体躯方向へと移動するが(運動II)、この運動は他の中胚葉系の細胞と相対的位置も変わらないことから、運動Iとは異なって、体細胞収斂運動に連動した比較的受動的な移動と考えられる。運動II の結果、側板中胚葉前部に集まった生殖細胞系列は側板中胚葉上を後部へと移動を開始する(運動III)。この運動は sdf-1bHMGCoARに依存している能動的運動である。側板中胚葉後端に達した生殖細胞系列は「もっと詳しく2」にあるように、生殖腺体細胞の2番の細胞群と接するようになる(以上、Kurokawa et al., DGD 2006)。
 このとき、生殖細胞はどうなっているのだろうか?
 生殖細胞が特異的に持つ細胞内構造物、生殖顆粒の構成成分遺伝子, nanos3, olvas (vasa 相同遺伝子), trdr1 の遺伝子産物の発現を調べたところ、その局在が変化することが明らかとなった。これらの遺伝子産物は、始原生殖細胞内で顆粒構造として認められる。ところが始原生殖細胞が生殖腺に入ると、この顆粒にこれら遺伝子産物が局在しない領域が認められるようになり、一見中空状の構造に呈するようになる。さらに生殖細胞がtypeII 型の分裂を行ない、シスト状の生殖細胞や減数分裂を行ないつつある卵母細胞に分化するにつれ、さらに、その顆粒の細胞内分布と構成成分の顆粒での局在が変化することが明らかとなった(図4)。生殖顆粒構造の変化によっても生殖細胞が一様の状態でないことが判る(Aoki et al., Dev.Dyn. 2009)。