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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

ニュース

研究報告

2011.01.20

光の動きを検知するメカニズムの解明に成功

スイスのフリードリッヒ・ミーシャー生物医学研究所(FMI) の米原圭祐研究員、Botond Roska博士、および基礎生物学研究所の野田昌晴教授らの研究グループは、上向きの光の動きに反応する網膜神経節細胞サブタイプが、光の動きに反応するメカニズムを解明するとともに、これを担う神経回路のでき方も明らかにしました。この成果は、2010年12月19日、英国の科学雑誌ネイチャー(Nature) 誌(先行電子版)で発表されました。

[研究の背景]

眼の網膜で受け取られた光情報は、網膜の中で光の色や形、動きなどの特徴によって12 種類以上の情報に分別された後、それぞれ特定の網膜神経節細胞によって、その長い軸索を通して脳に伝えられます。神経節細胞はどのような種類の情報を伝えるかによって12 種類以上のサブタイプに分けることができますが、これまで特定のサブタイプを区別する方法がなかったため、その機能を解析する手法は限られていました。基礎生物学研究所の研究グループは、上向きの光の動きに反応する網膜神経節細胞のサブタイプのみで発現するSPIG1 を発見し、遺伝子転換マウスの手法を用いて、このサブタイプを蛍光タンパク質GFP で標識することに成功していました(Yonehara et al ., PLoS ONE, 2008; Yonehara et al ., PLoS ONE, 2009 )。しかしながら、このサブタイプが特定の方向の光の動きに反応するメカニズムやその基礎となる神経回路がどのようにできるかについては、ほとんど知見がありませんでした。

[研究の成果]

今回本研究グループは、このGFP標識マウスとウイルスによる遺伝子導入を組み合わせて、上向きの光の動きに反応する網膜神経節細胞サブタイプに神経結合を作る神経細胞(スターバーストアマクリン細胞)を標識し、チャネルロドプシン2(注1)を発現させることに成功しました(図1 参照)。これにより上向きの光の動きに反応する網膜神経節細胞サブタイプに神経結合を作る神経細胞を光により活性化させ、その神経結合の性質(興奮性あるいは抑制性)や2次元的配置を調べることが可能となりました。その結果、生後6日目では、興奮性、抑制性の入力は、共にその方向には偏りがないことがわかりました。驚くべきことに、その後2日で、抑制性入力のみが網膜神経節細胞の反応する方向と反対方向に限られてくるよう変化するということがわかりました(図2 参照)。このことから、網膜神経節細胞が特定の光の動きに反応するのは、反応する方向と反対側からの抑制性の入力によること、またこの神経回路は、初期の段階では、方向に関係なく神経結合が形成されるが、その後短い期間で正しい結合のみが残ることが明らかになりました。この成果は、特定の機能をもつ神経回路がどのようにしてできあがるのかを示した初めてのものです。
 本研究では、特定の神経細胞サブタイプのみをGFP で標識した遺伝子変換マウスとウイルスによる遺伝子導入を組み合わせることにより、光の動きの情報を処理する神経回路の発達様式やこれを構成する神経細胞の2次元的配置について前例のないほど詳細な解析を行うことができました。このような研究手法は複雑な神経組織の機能を明らかにしていく上で非常に有効であり、今後ますます活発になると予想されます。また本研究の成果は、特定の情報を処理する神経回路がどのようにしてできるのかについて重要な手がかりになると考えられます。

注1)チャネルロドプシン2
緑藻類クラミドモナス(Chlamydomonas reinhardtii)が持っている微生物タイプの視物質ロドプシン。光受容に伴い、細胞内に陽イオンを流入させる陽イオン選択的チャネルとして働く。遺伝子工学的な手法で神経細胞に強制発現させた後、これらの神経細胞に特定波長の光をあてることにより、標的とする神経細胞を興奮させることができる。

[発表雑誌]

Nature
"Spatially asymmetric reorganization of inhibition establishes a motion-sensitive circuit"
Keisuke Yonehara, Kamill Balint, Masaharu Noda, Georg Nagel, Ernst Bamberg and Botond Roska

写真
  • 図1:網膜内の特定の網膜神経節細胞サブタイプに神経結合を作るスターバーストアマクリン細胞
  • 図2:発生期における神経結合の変化