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2000.11.23

細胞内エネルギー変換機構・大隅教授オートファジーの分子機構の解明が進む

オートファジーの分子機構の解明が進む
 私たちの体は見た目には変化がないように見えますが、絶えず多数の細胞が死に新しい細胞と置き換わっていますし、細胞の中では多数のタンパク質が絶えず合成されては、壊されています。安定なタンパク質を作ることは可能なのですが、生命にとってはむしろいつもエネルギーを消費して合成と分解をバランスしながら動的に維持することの方が望ましいのであろうと思われます。タンパク質にはそれぞれ寿命がありますが、それが何によって決まっているかについてはまだ分かっていません。ある仕事をするとすぐに分解されてしまう短寿命のタンパク質から細胞から細胞へと分裂周期を越えて安定に存在するタンパク質までその寿命は様々です。私たちは毎日タンパク質を食事として摂ることが必要ですが、それは体が必要なタンパク質を合成するための材料、即ちアミノ酸を供給するためです。毎日摂取しているよりも何倍ものタンパク質を合成されます。なぜなら体を構成している細胞の中ではタンパク質がアミノ酸にまで分解されて再利用されているからです。私たちの体のタンパク質はそのほとんどが寿命の長いタンパク質で作られています。従って生命の維持といった視点から見ると寿命の長いタンパク質の分解される仕組みを知ることは大変重要です。このような恒常的な活動とは別に、細胞が大きく変化する時(細胞分化)や栄養がなくなった時(飢餓)には大規模なタンパク質の分解が必要となる局面があります。このような大規模な細胞内での分解の仕組みはよくは分かっていませんでした。
 50年ほど前に、細胞内に分解するための沢山の種類の酵素を含んだ特殊な膜構造があることが見つかり、リソソームと名付けられました。せっかく合成したものが分解されてしまうとただエネルギーを空費してしまうので、合成する場所と分解する場所とを分けることは極めて合理的に思えます。私たちの様な真核生物と呼ばれる細胞は、このように細胞内に様々な膜で機能を区画化することで複雑な機能を可能にしてきました。
 リソソームでの分解の最大の問題は一体何をどのようにして膜で囲まれたリソソーム内に運び入れて分解できるようにするかということになります。このような研究は主にこれまで電子顕微鏡観察によってなされてきましたが、なかなか容易にその機構を理解することができませんでした。私はこの難問をもっと単純な構造をしていてしかも遺伝学、分子生物学を自由自在に操ることができる酵母という微生物でこの問題に迫ろうと考えました。酵母細胞にはリソソームと同じ働きをする液胞(vacuole)という細胞内小器官(オルガネラ)が存在します。酵母細胞は栄養源がなくなると減数分裂を誘導し4胞子を作ります。即ち細胞の大きな作り換えが起こります。このときには大規模なタンパク質の分解が誘導されます。酵母の液胞は光学顕微鏡で容易に観察することが出来ます。液胞の中に分解されるものが入るのであれば、分解を止めてやればそのような過程が眼で見えるのではないかと考えました。実際大変面白い変化を見つけることが出来ました。細胞が栄養飢餓に遭遇すると液胞の中に細胞質を取り囲んだ構造が沢山貯まって来ることが分かりました。電子顕微鏡を用いた解析から細胞は栄養が枯渇すると自分自身の細胞質の一部を膜が取り囲んで、2重膜で囲まれたオートファゴソームと呼ばれる膜構造を形成します。オートファゴソームはその外の膜で液胞と融合して中身を液胞内に放出します。このようにして細胞質が分解コンパートメントに運び込まれます。野生株では液胞内でこの膜構造は直ちに壊され中身が分解されます。この過程は動物細胞で知られていたオートファジー(自食作用)と全く同じであることが分かり、酵母がモデル系となることが明らかになりました。この形態的な変化を手がかりに自分の構成成分を分解するオートファジーに必要な遺伝子を見つけることが出来ました。私たちは世界に先駆けて少なくとも15個の遺伝子がこの過程に必須な役割を担っていることを突き止めました。このような遺伝子が1つでも機能を失うと細胞は栄養飢餓になっても分解を誘導することができません。面白いことにオートファジーができない細胞は飢餓条件下に死んで行きます。自己の分解が生存の維持に必須であることを示しています。また胞子を作ることもできません。
 私たちはいまこれら遺伝子が実際にどのように働いているかについて解析を進めています。その過程で短寿命のタンパク質の分解に必須なユビキチン化という反応に類似したApg12系を発見し一昨年Natureに発表しました。この一連の反応はオートファゴソーム形成に必要であることが明らかになりました。オートファジーの機構を理解する上で細胞の一部を膜で取り囲んで隔離する機構の理解が必須であり、かつこれまで全く未知の膜現象として注目されます。
 今回のNatureに掲載される論文はAp98と名付けて新しいユビキチン様のタンパク質がまずC-末端の1アミノ酸が切断を受け、末端グリシンがE1酵素によって活性化を受け、E2酵素に移された後に、最終的に生体膜を構成している主要なリン脂質の1つであるホスファチジルエタノールアミンに結合することが見出されました。このようなユビキチン様の経路を介したタンパク質の脂質修飾として初めての発見です。この修飾反応は可逆的ではずれることもオートファジーの進行に必要なこともわかりました。
 多くの私たちが解析している遺伝子はヒトに至るまで広く進化の過程で保存されていてオートファジーに関わっていることも明らかになって来ました。従ってこれらの解析は単に酵母のタンパク質分解が理解できたというに留まらず、ヒトのオートファジーの機構解明に有力な手がかりを与えるものです。私たちの体は実に巧妙に制御されています。不用なタンパク質を分解することができないと、病気になることが予想されます。事実最近分解が出来ないことで様々な病気が引き起こされることも明らかになってきました。新しい細胞生物学の領域が大きく展開しようとしています。

掲載新聞・雑誌・書籍一覧

2000/11/24 日刊工業新聞
2000/11/23号 Nature