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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2019.06.25

アーバスキュラー菌根菌の純粋培養に世界で初めて注)成功 ~微生物肥料としての大量生産に道~

公立大学法人大阪 大阪府立大学
自然科学研究機構 基礎生物学研究所
国立大学法人 信州大学
国立大学法人 北海道大学
国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)

■研究成果のポイント■
  • アーバスキュラー菌根菌(AM菌)は微生物肥料として農業利用が期待されている土壌微生物ですが、植物と共生しないと生育できない性質を持っています。
  • 今回、脂肪酸を添加した培地でAM菌を単独で培養したところ、生育が促されて共生能を持つ次世代胞子が形成されることを発見しました。
  • これによりAM菌の純粋培養が可能となり、本菌を大量生産できる可能性が開けました。

大阪府立大学(学長:辰巳砂 昌弘)大学院生命環境科学研究科の秋山 康紀 教授、筒井 一歩 大学院生(当時)、林 英雄 教授(当時)と、自然科学研究機構 基礎生物学研究所(所長:阿形 清和)の川口 正代司 教授、亀岡 啓 博士研究員、信州大学(学長:濱田 州博)農学部の齋藤 勝晴 准教授、北海道大学(総長:名和 豊春)大学院農学研究院の江澤 辰広 准教授らは、JST戦略的創造研究推進事業ACCELにおいて、微生物肥料として農業への利用が期待されているアーバスキュラー菌根菌(AM菌)の単独での培養に世界で初めて成功しました注)。これにより、AM菌を純粋培養して大量生産できる可能性が開けました。

環境負荷の低い次世代の栽培体系の一つとして有用土壌微生物の活用が世界的に活発化しています。その中でも、AM菌に大きな期待が寄せられています。AM菌はイネ科やマメ科など重要作物を含むほとんどの植物と共生関係を結ぶことができ、必須栄養素であるリンを植物に供給します。しかし、植物と共生しないと生育できない性質をもつため、増殖に手間とコストがかかることが問題でした。

本研究では、バクテリアとの共存培養によりAM菌の胞子形成が誘導されたという先行研究を手掛かりとして、バクテリア由来の枝分かれ脂肪酸に増殖促進効果があることを発見しました。さらに不飽和脂肪酸であるパルミトレイン酸がより強くAM菌の生育を促進して胞子形成を誘導することを発見しました。形成された胞子は、植物根に正常に感染共生して娘胞子を形成できることが分かりました。この結果は世界で初めてAM菌の純粋培養に成功した例注)となりました。本研究成果は、英国時間2019年6月24日16:00(日本時間2019年6月25日0:00)に英国科学誌「Nature Microbiology」のオンライン速報版で公開されます。

【研究の概要】
 ・背景と経緯
農業における化学肥料と化学農薬の活用による栽培体系の革新は飛躍的な食糧の増産をもたらし、全世界75億人の生命を支えてきました。しかし、現時点においても10億人が深刻な栄養不足に苦しんでいるなか、国連が発表した「世界人口予測2017年改定版」では、世界人口は2050年には98億人、2100年には112億人を越すと予測されています。人類活動による温暖化や土壌汚染、河川湖沼汚染などの地球レベルの環境問題に対処しつつ、人類への食糧供給を維持するためには環境負荷の低い次世代の栽培体系の構築が喫緊の課題です。その解決の一つとして有用土壌微生物の活用が世界的に活発化しています。

アーバスキュラー菌根菌 (AM菌) は約4億年の太古から植物の根に共生して生きてきた土壌に生息する菌類(いわゆるカビの仲間)で、有用土壌微生物として研究が進められています。AM菌は必須栄養素であるリンや窒素を土壌から吸収して共生相手である宿主植物に与えることで農地や自然生態系での植物の生育を助けています。特にAM菌はイネ科やマメ科、ナス科などの重要作物を含むほとんどの陸上植物と共生関係を結ぶことができるため、微生物肥料として大きな期待が寄せられています。しかし、AM菌は共生したときに宿主植物から供給される炭素源に依存して生育する性質を持つため、単独ではほとんど生育できず、次世代の胞子を形成することもできません(このような性質を絶対共生性といいます)。このため、AM菌を増殖させるためには、植物と共存培養する必要があり、手間とコストがかかるという問題があります。これまでにAM菌を純粋培養により増殖しようとする試みが世界中で行われてきましたが、成功した例はありませんでした。
 
・内容と成果
ドイツの研究グループがAM菌Rhizophagus irregularisをバクテリアPaenibacillus validusと一緒に培養すると、AM菌が菌糸を分岐させつつ旺盛に生育し、ついには次世代の胞子を形成する現象を発見していました。このことからバクテリアに由来する何らかの物質がAM菌の生育と胞子形成を誘導すると考えられていましたが、その物質は不明のままでした。

私たちは、そのバクテリア由来の物質の単離に成功し、それが枝分かれした炭素鎖をもつ脂肪酸であることを解明しました(図1)。 その枝分かれ脂肪酸を含んだ培地でAM菌Rhizophagus irregularisを単独で培養したところ、旺盛な菌糸分岐形成と共に、わずかに次世代の胞子が形成されました。

そこで、他の様々な脂肪酸について調べたところ、炭素数16の不飽和脂肪酸であるパルミトレイン酸(図1)がバクテリア脂肪酸よりも強くAM菌の生育を促進し、より多くの次世代胞子を誘導することを発見しました(図2)。パルミトレイン酸を含む培地で形成されるAM菌の胞子は、植物との共生培養で形成される胞子と比べると小型で、細胞壁の厚さも薄いものでしたが、植物根に正常に感染共生して次世代の娘胞子を形成できることが分かりました(図3)。すなわち、AM菌の単独での純粋培養に世界で初めて成功注)することができました。
 
パルミトレイン酸によりAM菌で発現する遺伝子群を、植物根と共生したときに発現する遺伝子群や植物の根から分泌されるAM菌の誘引シグナル物質であるストリゴラクトンにより発現する遺伝子群と比較したところ、それらに共通する遺伝子はほとんど見られませんでした。このことから、パルミトレイン酸によるAM菌の生育促進や胞子形成は、植物と共生しているときとは異なる新規な機構で起こっていると考えられました。
 
fig1.jpg図1.AM菌の生育を促進し胞子形成を誘導する作用を持つことが分かったバクテリア由来の
枝分かれ脂肪酸(アンテイソ-C15:0、左)と不飽和脂肪酸パルミトレイン酸(右)の化学構造式

fig2.jpg 図2.パルミトレイン酸を含む培地を用いたAM菌の純粋培養(2例)
赤矢印が次世代胞子、黄色球状体が親胞子、白色糸状のものは菌糸

fig3.jpg図3.パルミトレイン酸を含む培地で純粋培養して得られたAM菌の胞子をニンジンの根に感染共生させて新たに形成された娘胞子
白色球状体が娘胞子
 
・今後の展開
リンは有限の資源です。その一方で、先進国ではリンは過剰に施肥される傾向にあり、土壌環境に対する過負荷が懸念され、水系汚染の原因ともなっています。そこでAM菌の微生物肥料としての活用が期待されています。実際にいくつかのメーカーが農業資材化に成功し、市販されています。しかし、AM菌の増殖には宿主植物との共生が必要で手間とコストがかかるため、結果として資材が高価となり、なかなか一般には普及していないのが現状です。

今回の研究成果により、AM菌の純粋培養への道が開かれました。今後、脂肪酸による胞子形成の機構を詳細に解析し、明らかにしていくことで、さらなる培養効率の改善が期待できます。加えて、近年のAM菌のゲノム解読により、AM菌の絶対共生性の原因となる可能性のある欠損代謝系が次々に明らかにされています。これらの知見をもとに培養技術の改良を加速化すれば、大規模な培養タンクを用いたAM菌の大量生産も可能となると思われます。すでに私たちは今回の研究成果をもとに技術改良を進めており、大幅な培養効率の改善を達成しています。得られる胞子の数や共生能の点で植物を用いた共存培養にまだ及びませんが、継続的に改良を重ねていけば、将来的には低コストでかつ安定的にAM菌を供給することが可能になると期待されます。

【補足説明】
注)これまでにAM菌を純粋培養により増殖しようとする試みが世界中で行われてきましたが、脂肪酸を加えることにより純粋培養できることを見出し、初めて国際誌に論文として発表されました。

【論文タイトル】
Stimulation of asymbiotic sporulation in arbuscular mycorrhizal fungi by fatty acids(脂肪酸によるAM菌の非共生的胞子形成の誘導)
著者:亀岡啓1、筒井一歩2、齋藤勝晴3,4、菊池裕介5、半田佳宏1、江澤辰広5、林英雄2、川口正代司1,6、秋山康紀2*
(1自然科学研究機構 基礎生物学研究所、2 大阪府立大学 大学院生命環境科学研究科、3 信州大学 農学部、4 信州大学 菌類・微生物ダイナミズム創発研究センター、5 北海道大学 大学院農学研究院、6 総合研究大学院大学 生命科学研究科)
共同筆頭著者、*責任著者
DOI: 10.1038/s41564-019-0485-7
 
【研究サポートについて】
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業 ACCEL研究開発課題名:「共生ネットワークの分子基盤とその応用展開(JPMJAC1403)」、研究代表者:川口正代司(自然科学研究機構 基礎生物学研究所 教授)、プログラムマネージャー:齋藤雅典(科学技術振興機構)および科研費(22128006、15H01751)のサポートを受けて実施されました。
 
【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
大阪府立大学大学院生命環境科学研究科 秋山康紀(アキヤマ コウキ)教授
〒599-8531 大阪府堺市中区学園町1-1
E-mail:akiyama@biochem.osakafu-u.ac.jp Tel: 072-254-9471
 
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