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大学共同利用機関法人 自然科学研究機構

基礎生物学研究所

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2013.04.19

組織間での情報伝達を介した葉の成長メカニズムを解明 〜農作物の収量増産など応用分野に期待〜

独立行政法人理化学研究所

国立大学法人東京大学

学校法人立教学院立教大学

大学共同利用機関法人自然科学研究機構基礎生物学研究所

 

 

本研究成果のポイント

 ○AN3タンパク質は葉の組織間の情報伝達を担い、細胞増殖を組織間で協調させる

 ○AN3は葉の内部組織にある細胞だけで作られる

 ○AN3による情報伝達が絶たれると葉は大きくなれない

 

 理化学研究所(野依良治理事長)、東京大学(濱田純一総長)、立教大学(吉岡知哉総長)と基礎生物学研究所は、モデル植物シロイヌナズナを用いた分子遺伝学的な解析から、植物の葉では表皮と内部の組織にある細胞が「ANGUSTIFOLIA3(AN3)タンパク質1」を介して協調的に増殖していることを発見しました。これは、理研植物科学研究センター(篠崎一雄センター長)代謝システム解析チーム(現 環境資源科学研究センター代謝システム研究チーム)の平井優美チームリーダーと川出健介基礎科学特別研究員、および、東京大学大学院理学系研究科の塚谷裕一教授、立教大学理学部の堀口吾朗准教授、基礎生物学研究所植物発生遺伝学研究部門の宇佐見健研究員らの共同研究グループによる成果です

 植物の葉が成長する過程では、表皮組織と内部の葉肉組織をつくる細胞は混じり合うことなく増殖します。あたかも独立に増殖する2つの細胞群ですが、組織間の情報伝達により協調的に増殖していることが示唆されていました。しかし、情報伝達を担う実体が分からないため、その仕組みは明らかにされていませんでした。

 共同研究グループは、葉の細胞増殖に関わるAN3遺伝子が内部組織だけで発現する一方、この遺伝子がコードするAN3タンパク質が表皮と内部の両組織で働く可能性に着想を得て研究を開始しました。そこで、AN3タンパク質に蛍光タンパク質GFP※2を融合させて観察したところ、葉の内部組織で作られたAN3タンパク質は組織の間を移動し、表皮の細胞増殖も促していることを明らかにしました。これは、組織間の情報伝達を担う実体がAN3タンパク質であることを意味しますし、その源泉が葉の内部にあるという発見は、葉のでき方を考えるうえで新しい視点になります。さらに、AN3タンパク質を介した情報伝達が断たれると表皮の細胞は十分に増えず、結果的に正常な葉の6割程度の大きさにしか成長できませんでした。

今後、この情報伝達を操作することで、農作物の増産なども可能になると期待できます。本成果は、米国科学雑誌『Current Biology』(5月6日号)への掲載に先立ち、オンライン版(4月18日付け:日本時間4月19日)に掲載されます。

 

1.背 景

 多細胞生物の器官は、さまざまな種類の細胞で構成されています。器官ができる過程では、しばしば種類の異なる細胞が情報のやりとりをしながら協調的に増殖します。植物の葉は、表皮組織、表皮直下の組織およびさらに内部の組織からできています。葉ができる過程で、基本的にこれらの組織に含まれている細胞は混じり合わずに増殖していきます。しかしこれまでの研究から、植物の葉でも組織間で情報のやりとりを行うことにより、互いに協調的に細胞増殖していると考えられてきました。そこで情報伝達を担う実体を同定し、組織の間の情報伝達の仕組みや、葉のできる過程における情報伝達の役割を明らかにすることが、現在の課題となっています。この課題を解決するために共同研究グループは、モデル植物のシロイヌナズナを使った分子遺伝学的な解析により、組織間の情報伝達を担う実体を同定することに挑みました。

 

2.研究手法と成果

 これまでに共同研究グループは、葉の内部組織に含まれる細胞の活発な増殖には、内部組織だけで発現するANGUSTIFOLIA3AN3)遺伝子の働きが重要であることを明らかにしてきました。今回、AN3遺伝子の機能に欠損のあるシロイヌナズナ変異株の葉を詳細に解析したところ、内部組織の細胞増殖だけでなく表皮組織の細胞増殖にまで異常が見られました。AN3遺伝子は表皮組織では発現していないので(図1)、今回の結果はこれまでの知見だけでは説明できません。

そこで共同研究グループは、内部組織で作られたAN3タンパク質が表皮にまで移動し、移動先でも細胞の増殖を活性化させているという仮説をたてました。この仮説を検証するため、AN3タンパク質に蛍光タンパク質GFPを融合させて標識し、AN3タンパク質の組織間の移動を調べました。その結果、AN3タンパク質は内部組織で作られた後、表皮組織へと移動していることが分かりました。

次に、組織間を移動できるタイプのAN3タンパク質に加えて、移動できないタイプのAN3タンパク質を遺伝子操作により作製し(図2)、その各々を葉の内部組織だけでつくるシロイヌナズナを用いて、AN3タンパク質の組織間の移動が葉の形成にどのような役割を担うのかを調べました。その結果、移動できないタイプのAN3タンパク質を作るシロイヌナズナは、AN3タンパク質による組織間の情報伝達が断たれたため、表皮の細胞を十分に増やすことができず、結果として正常な葉の6割程度の大きさにしか成長できないことが分かりました(図3)。

 

3.今後の期待

内部組織の細胞が情報伝達の源泉となり、隣り合う組織の細胞の増殖も制御しているという発見は、葉のでき方を理解するうえで新しい視点を提供します。今後、葉におけるAN3タンパク質の振る舞いに着目することで、植物の体作りを理解する研究がさらに進展すると期待できます。また、AN3を介した組織間の情報伝達が葉の大きさの決定に重要な役割を担っていることから、農作物の増産などの応用への期待もできます。


原論文情報:

Kensuke Kawade, Gorou Horiguchi, Takeshi Usami, Masami Y. Hirai, Hirokazu Tsukaya. “ANGUSTIFOLIA3 signaling coordinates proliferation between clonally distinct cells in leaves”. Current Biology, 2013,doi:10.1016/j.cub.2013.03.044

 

 

<報道担当・問い合わせ先>

(問い合わせ先)

独立行政法人理化学研究所

植物科学研究センター 代謝システム解析チーム

(現 環境資源科学研究センター 代謝システム研究チーム)

基礎科学特別研究員 川出 健介(かわで けんすけ)

TEL:045-503-9491 FAX:045-503-9489

 

環境資源科学研究推進室

TEL:045-503-9471 FAX:045-503-9113

(報道担当)

独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当

TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

 

<補足説明>

※1 ANGUSTIFOLIA3 (AN3)タンパク質

ヒトの滑膜肉腫形成に関連するタンパク質と類似性のあるタンパク質で、特定の遺伝子の転写を活性化させる機能を持つ。植物では葉の細胞増殖を促進する機能が知られている。

 

※ 2 蛍光タンパク質GFP

ノーベル化学賞受賞者である下村脩博士がオワンクラゲから見つけた蛍光タンパク質の一種。調べたいタンパク質に融合させて細胞内で光らせることで、そのタンパク質の細胞内における局在などを明らかにすることができる。

 

fig1.jpg

スケールバーは50μm

図1 AN3遺伝子は葉の内部組織だけで発現

 

AN3遺伝子が発現する部位を青色に染める実験。葉の横断面のうち、内部にある細胞は青色に染まっているが、一番外側にある表皮細胞は青く染まっていない。このことから、AN3遺伝子は葉の内部組織だけで発現することが分かる。

 

fig2.jpg

スケールバーは10 µm

図2 移動できるAN3タンパク質と移動できないAN3タンパク質

細胞の輪郭をマゼンタ色で、AN3にGFPを融合させたタンパク質を緑色で示した写真。AN3タンパク質を内部組織で作らせた場合、移動できないタイプのAN3タンパク質は内部組織だけでしか観察できないが、移動できるタイプのAN3タンパク質は表皮と内部の両方の組織で観察することができる。

 

fig3.jpg

スケールバーは5 mm

図3 AN3タンパク質を介した情報伝達は葉の成長を促進している

AN3タンパク質が組織間を移動できるタイプ(左)に比べて、移動できないタイプ(右)の葉は、6割ほどの小さい葉にしか成長しない。このことから、AN3タンパク質による組織間の情報伝達が葉の成長に重要だと分かった。