基礎生物学研究所 プレスリリース


2007年 5月4日

初期胚の細胞が集団で動くしくみ発見

ヒトを含めた動物の卵は受精したあとに、生き物のかたちづくりのもっとも重要なステップである原腸形成と呼ばれる運動を経て成長します。その運動は将来神経や、皮ふをつくる外胚葉、心臓や骨格筋をつくる中胚葉、胃や腸をつくる内胚葉とよばれる3つの組織細胞の集団が将来の器官をつくるために、ダイナミックに移動して正しい位置に配置します。その移動の間に同じ細胞集団の中の個々の細胞が、集団から離れ他の集団の細胞と交じり合わないように、お互いを認識して接着する(くっつく)ことによって動くことが必須です。基礎生物学研究所の鄭恵英研究員と上野直人教授らは、細胞を互いに接着させることによって、原腸形成を調節するタンパク質をアフリカツメガエルで発見しました。このANR5はヒトを含めた多くの脊椎動物にもあることがわかっており、動物種を超えて共通の働きを持っていることが予想されます。原腸形成が始まるときにこのタンパク質を働かなくすると、異なる細胞同士が交じり合って細胞の移動や異なる細胞同士の分離がうまくいかず、調和のとれた細胞移動に障害が起き、その結果、体長が短くなったり、神経形成の異常ながみられるようになりました。また同タンパク質は細胞膜にあるPAPCというタンパク質に直接結合して、RhoAと呼ばれる細胞内の酵素を活性化することにより、細胞が動くために必要な膜突起の形成を調節していることが明らかになりました。この研究成果は5月3日付けの「カレントバイオロジー」(オンライン版)に掲載されました。

[研究の背景]
原腸形成は、受精卵が分裂を始めてしばらくすると起こる細胞運動で、細胞が胚の中にもぐり込むダイナミックな形態変化を伴う(図1)。この原腸形成によって三胚葉(内胚葉、中胚葉、外胚葉)がそれぞれの位置に配置される。その間、同じ胚葉同士の細胞は仲間である同種の細胞と離れないように集団として動くこと、他の細胞集団と混ざり合わない「組織分離」を保つことが必要であることが知られていた。しかし、その分子メカニズムについて手がかりはあったものの、詳細の多くは不明であった。

原腸陥入

図1:カエル胚の原腸形成
原腸形成は内胚葉(黄色)、中胚葉(赤色)、外胚葉(青色)が再配置される過程で、胚の将来の背側の中胚葉が胚の中にもぐりこむことによって起こる。

[研究成果]
本研究は脊椎動物のモデル生物として知られるアフリカツメガエルを用いたもので、いわゆる「機能ゲノム学」の研究から生まれた成果である。アフリカツメガエルは古くから実験動物として用いられ、卵が比較的大きく胚操作が容易なことや、遺伝子やタンパク質を細胞内に注入する実験が可能であることで、とくに細胞生物学、発生生物学の研究に用いられてきた。本研究の成功は、アフリカツメガエルの遺伝子を収集し、その遺伝子約10,000種類をスライドガラス上に塗布した「マイクロアレイ」という方法を用いたことが鍵になっている。本研究で発見されたANR5は、鄭研究員(現カリフォルニア大学バークリー校研究員)が、細胞増殖因子FGFによって活性化される遺伝子を網羅的に探索した結果得られた遺伝子(Genes to Cells, 2004, 9,749-761, Dev. Biol., 2005, 282, 95-110)のひとつで、魚類から両生類、ヒトを含む哺乳類まで保存された遺伝子である。その遺伝子産物の合成をモルフォリノアンチセンスオリゴヌクレオチド(注1)で阻害すると、胚の体長が短くなる、神経管が閉じない(神経管閉鎖不全)などの異常が起こった。細胞レベルでその原因を調べたところ、原腸形成に関わる中胚様の細胞が通常持っている細胞突起が形成されないこと、細胞同士の接着が弱まることなどが明らかになった。その分子メカニズムを調べた結果、ANR5は本来カドヘリンファミリーに属するPAPCという膜タンパク質の細胞内領域に直接結合すること、また、PAPCの細胞内シグナルによって調節されるRhoと呼ばれるタンパク質の活性を担っており、その異常によって、細胞突起形成(図2)、細胞接着が著しく阻害されることが明らかになった。その結果、組織間の分離が阻害され、組織の協調した運動とともに、個々の組織のアイデンティティが失われ組織分離が確立しない(図3)ことが、発生異常の原因であることが明らかになった。

細胞形態の変化

図2:ANR5の機能阻害による細胞の異常
正常細胞(左)で見られる細胞突起(矢印)がANR5の阻害した細胞(右)では消失し、細胞表層にbleb(泡)(矢頭)が形成される。

原腸陥入への影響

図3:組織分離の様子
左から、正常な胚の組織分離。外側の外胚葉と内側の中胚葉の間に明確な境界が見える。中、ANR5の機能を阻害した胚。外胚葉葉と中胚葉の細胞が交じり合い境界が短くなっている。右、正常なANR5タンパク質を補ったことにより、再び境界が確認されるようになる。

[今後の展望]
原腸形成はヒトを含めた生物のかたちづくりの基本的なステップであり、その異常は新生児の約3000人に1人の割合でみられる二分脊椎症などの先天異常と深く関連していると考えられている。本研究によって原腸形成を制御する新しい遺伝子が発見されたことは、二分脊椎症などの病因解明に直接つながるものと期待される。

(注1)モルフォリノアンチセンスオリゴ
遺伝子の機能を阻害する目的で用いられるmRNAに配列特異的に結合する化学物質。 標的とする遺伝子の翻訳開始点に結合するように設計し、細胞内に顕微注入することで、 その遺伝子のmRNAからタンパク質への翻訳が阻害される。

[発表雑誌]
Current Biology
(米国東部時間 2007年5月3日 online版 先行発表予定)

論文タイトル:
ANR5, an FGF target gene product, regulates Gastrulation in Xenopus

著者:
Hyeyoung Chung, Takamasa S. Yamamoto, and Naoto Ueno
(鄭恵英、山本隆正、上野直人)

[研究グループ]
本研究は、基礎生物学研究所 形態形成研究部門の研究グループ(鄭恵英研究員、山本隆正技術職員、上野直人教授)により実施された。

[本件に関するお問い合わせ先]
基礎生物学研究所 形態形成研究部門
教授 上野 直人 (Ueno Naoto)
Tel: 0564-55-7570(研究室)
E-mail: nueno@nibb.ac.jp
URL: http://www.nibb.ac.jp/morphgen/

解説イラスト提供:形態形成部門 森田仁

[報道担当]
基礎生物学研究所 連携・広報企画運営戦略室
倉田 智子
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E-mail: press@nibb.ac.jp