第26回 配偶子制御セミナー

ミジンコ類における捕食者に誘導される表現型多型とその分子機構

講師  宮川一志 博士
所属  基礎生物学研究所・NIBBリサーチフェロー
日時  平成24年10月12日(金)17:40-19:10
場所  弘前大学農学生命科学部附属遺伝子実験施設 研修セミナー室

講演の内容
 「生物の表現型は遺伝子と環境の相互作用により形成され、同一の遺伝情報からでも異なる表現型を生み出すことが知られる。これは表現型可塑性と呼ばれ、多くの生物で見られる現象である。中でも環境に応じて表現型が不連続に変化する表現型多型は生物が進化の過程で獲得した適応的な表現型可塑性であり、その制御機構の解明は多くの生命現象を理解する上で重要な命題である。またさらには環境要因によって生じる様々な可塑的な表現型が遺伝的に固定されることで生物の多様な形態が生じうることから、多様な表現型を生み出す潜在能力は進化の原動力となっていると考えられる。
 湖沼に生息する動物プランクトンであるミジンコもこの表現型可塑性・表現型多型を巧みに用いることで繁栄を遂げている生物のひとつである。ミジンコDaphnia pulexは胚発生期に捕食者であるフサカ幼生の放出する匂い物質(カイロモン)を感受すると発生運命を可塑的に変化させ、後頭部にネックティースと呼ばれるトゲ状の防御形態を形成する。ネックティースを生じた個体は通常の個体と比べて被食率が低く、捕食者の存在下では適応的である。このような捕食者に誘導される表現型多型は、捕食・被食関係の共進化の理解のみならず、表現型可塑性と進化・種分化の関係を探るうえでも非常に有用な現象である。本研究ではまず、カイロモンの存在下で発現量が変化する遺伝子群の探索をおこなった。その結果、節足動物において初期発生への関与が知られている複数の内分泌関連遺伝子および形態形成関連遺伝子の発現量がカイロモンに応答して増加していた。これらの遺伝子発現解析の結果から関連の予想された経路の中でも幼若ホルモン経路は昆虫類において表現形可塑性との関連が指摘されている主要な内分泌経路であるため、続いて幼若ホルモンの曝露実験をおこなったところ、ミジンコのネックティース形成への幼若ホルモン経路の関与が強く示唆された。これらの結果から考えられるミジンコの表現型多型が獲得された背景を、表現型可塑性が進化・種分化にどのような貢献をし得るのかと併せて議論したい。

問い合わせ ;
弘前大学農学生命科学部 
小林一也 (kobkyram@cc.hirosaki-u.ac.jp)
℡:0172-39-3587


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